リアルに恋していいですか 〜10年ぶりに再会した超国民的スターに執着されています〜
千晶「あれから10年か。早いな。みつばち……ふっ、あははっ」
菜穂子「……そうね。いつまでそのネタ擦るの」
タクシーがアパートの前に到着すると。先に下りて、千晶にお礼を言おうとすると、なぜか彼も下りている。
菜穂子「送ってくれてありが……って、なんで千晶まで下りてるのよ!?」
タクシーを見送る千晶。彼はこちらにずいと近づいてきて、左腕を掴んだ。そして、薬指を親指の腹で撫でる。
千晶「指輪がついてないってことは、まだ結婚してないってことだよね?」
菜穂子「そうだけど、千晶には関係ないでしょ」
千晶「――なんで連絡先全部ブロックした?」
菜穂子「連絡しないって約束だったじゃない。連絡先消した方が未練なくてすっきりするでしょ」
千晶「俺はこの10年間、ずっとお前のことを考えてた」
菜穂子「!」
千晶「今、彼氏いるの?」
菜穂子「いない……けど」
千晶「俺のことはもうすっかり、忘れた?」
菜穂子「そ、れは……」
千晶との幸せだった思い出が鮮やかに蘇り、泣きそうな顔になる、
菜穂子(忘れるはずない……。私だって、千晶のことばかり考えてた)
そのとき、千晶が菜穂子のことを抱き締める。驚いて菜穂子は鞄を床に落とし、中身が散らばる。
雑誌の撮影のときよりも、ずっと熱を帯びた眼差しでこちらを見つめ、頬に手を添える。
千晶「俺はずっと、お前のことが好きだ」
菜穂子「……!」
好きだと言われかけた瞬間、彼のことをどんっと突き離す。
千晶「菜穂子……?」
菜穂子「気持ちは嬉しいけど、駄目よ。何のために別れたか忘れたの? アイドルは、女の子たちに夢を与える仕事だからでしょ? 今、千晶は人気絶頂アイドルなの。大勢の女の子たちが千晶のこと応援していて、励みにしてる。中には本気で恋をしてる子だって……」
千晶「いや、俺実は……もうアイドルじゃ――」
菜穂子は一歩二歩と後退して、彼の言葉を遮りながら言う。
菜穂子「次のツアーも控えてるし、他にも仕事を沢山抱えてるんだから。ファンに支えられて活動している以上、その人たちの気持ちを踏みにじるようなこと、しちゃだめよ」
千晶「…………」
地面に散らばった荷物をかき集めて鞄にしまい、千晶に微笑みかける。
菜穂子「私にとって千晶はとっくに過去の人よ。……ずっと応援はしてるから。それじゃ」
逃げるようにアパートに入る菜穂子。千晶はそれを暗い表情で見送ったあと、地面に落ちているパスケースを拾った。
パスケースを開くと、内側に一枚、ひっそりと写真が入っていた。
千晶「……」