青春は、数学に染まる。

数学科準備室を出て、昇降口に向かって歩く。
今日も吹奏楽部は練習中なようで、楽器の音色が校舎内に響いている。

「そういえば、空手部はやっているかな?」

現在11時過ぎ。有紗に会いたいと思った。

時間もあるし、私は武道場へ向かってみることにした。




「……あれぇ、はずれか…」

武道場には誰もいなくて空っぽだった。
空手部はいつ練習しているのだろう?


「有紗に連絡して見よ~…」



今日は家に帰ろう…そう思いUターンをした瞬間、誰かにぶつかった。



「うわっ」
「ん?」

「え…」


ぶつかったのは…伊東だった。

何でこうも私の行くとこに現れるのか。
早川先生が気にかけてくれたのに、意味無かったなぁと心の底で思う。



「藤原…補習終わったのか? どうしたんだ…」
「先生こそ。こんなところにいるなんて」


そう言いながら目線を上げると…伊東は空手着を着ていた。


「え、なんで? 先生、部活の顧問はしてないですよね」
「うん。顧問はしてない。今年の空手部に全国大会へ出場する生徒がいるんだけど、ソイツの自主練に付き合ってやっているんだ。空手部の練習が無いタイミングでね。俺、こう見えて空手家だからさ」

自慢(じまん)げに胸を叩く伊東。話していると、空手着を着た男子生徒が来た。



「伊東先生。押忍」
「押忍。青見、今日も頑張ろう」
「押忍」

そう言って2人は武道場へ入って行った。



青見…、青見先輩!?
あの、有紗が片思いしている先輩!!


短髪で筋肉が程よく付いた体。切れ長の目をしている。


青見先輩、全国大会出るんだ…。凄い人でビックリした。


「藤原、見学してもいいよ」
「……」

武道場の中から伊東が叫んだ。
 



…正直、伊東のことが嫌いだ。
大嫌い。デリカシーがなさすぎる最低な教師。

なのに、道着を着た伊東がどうしても気になってしまう。




私は武道場の入口に突っ立って、見学をすることにした。


「その前に有紗にメッセージ送らなきゃ」

文章を打ってスマホを仕舞(しま)う。目線を武道場の中に移した。






「青見、アップは済んでいるか?」
「押忍。さっきまでランニングしていました」
「いいじゃん。よし、早速スパーするぞ」
「押忍」

スパー…。知らない単語。
伊東と青見先輩はそれぞれ手にグローブを着けて向き合う。

「お願いします」
「っしゃー」


挨拶を合図にお互いが間合いを取り、距離を保つ。
先に攻撃をしたのは青見先輩。左手でパンチを繰り出し、その流れで右ハイキック。

しかし、伊東の頭には当たらない。

伊東はハイキックを避けて右ローキック、左ミドルキック。
ジャブを繰り返して、最後右ハイキック。その蹴りは青見先輩の頭にヒットした。

「っつ!!!」
「はい終了」
「…押忍。ありがとうございます」
「休憩」

青見先輩はタオルで汗を(ぬぐ)って飲み物を飲んだ。
凄く短い時間なのに、汗が()き出している。

「伊東先生、今日は動きが早いです」
「ハハッ。見られていると、気持ちが(たかぶ)っちゃった」

そう言って伊東は私の方を見た。
汗が噴き出している青見先輩とは反対に、何だか涼しい顔をしている。


「藤原、どうだった?」
「…迫力(はくりょく)がありました」
「そうだろ! また気になったら見に来てもいいよ」
「……気になったら来ます」

私は荷物を持って一礼した。

「お邪魔しました。帰ります。お2人とも頑張ってください」
「押忍」
「お疲れ。気を付けて帰れよ」

伊東に向かって軽く会釈(えしゃく)をして、足早に武道場を後にした。




伊東の新しい一面を見た。
有紗から空手の有段者だということは聞いていたが、実際に姿を見ると本当なのだと実感する。



正直、空手をしている伊東の様子は…かっこよかった。



本当に、単純な私。
嫌いなのに、かっこいいと思ってしまう自分に呆れる。 



「あ、有紗からメッセージだ」


さっき有紗に連絡したのだった。今日学校来る? と。



『今日は昼から部活! 真帆は今学校にいるの? 私、駅前にいるんだけど、どこかでランチしない?』
「ランチいいね! 有紗と話したいこといっぱい! 私は今から学校出るところだから、駅前のカフェに集合しよ」
『おっけ!』

私はスマホをしまって、カフェへ向かって歩き出した。




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