青春は、数学に染まる。
駅前に唯一有る個人経営のカフェ。
中に入ると、有紗が手を振ってきた。
「真帆~! お疲れ!」
「有紗ぁ~会いたかったよ!」
有紗は立ち上がって私に抱きつく。
「待たせたね。ごめん!」
「大丈夫! 早速ランチ頼もう!」
私はサンドイッチのセット、有紗はパスタのセットを注文した。
「補習って毎日あるの?」
「そ~。当面は毎日みたい」
「大変だね。ていうか、早川先生どうした。真帆のこと気にかけすぎというか…。高校教師ってそんなもんなのかな?」
「よくわかんない。まぁ、中学でも補習ばかりで凄く気にかけてくれていたし。学校の先生ってそういうものなのじゃない?」
「中学の重村先生ね。ムフフ。何気に両思いだったやつ」
「やめて~言わないで~…」
有紗は水を一口飲んで、ハッとした表情になる。
「もしかして!! 早川先生、真帆のこと気になっていたりして!!」
「はぁ!? 何故そうなるの!!!!」
「重村先生も好意があったし、きっと早川先生もそうじゃない!?」
何故か顔が赤くなるのを感じた。眼鏡に白衣の先生…。七三分けじゃなければ私も気になっていたかも?
いやいや、何それ!! そんなことあるわけない!!
中学生の時に好きだった先生、数学担当の重村先生。補習を沢山してくれたし、眼鏡に白衣だった。ただ、天然パーマのおじさんで、何より既婚者だったけれど。
実を言うと、重村先生からも好意を少し感じていた。きっと両思いなのだろうと思っていた。
だけど既婚者だったから、当然それ以上のことは何も無かった。
そんな人を好きだった時期があるなんて。今ではあまり思い出したくない黒歴史だ。
その後、私は伊東についての話を切り出した。
「伊東先生のこと聞きたかったの…!」
なんて言って有紗はニコニコする。
補習が終わった後にまた馬鹿にされたこと。
昇降口まで追いかけられて謝られたけど、軽蔑する、と言って私が先生を突き放したこと。
そしてさっき…空手着を着た伊東に会ったこと。
見学しても良いと言われて、空手の練習をしている様子を見てきたこと…。
「青見先輩も見たよ。空手のことよく分からないけど、素人が見ても強そうな人だね」
「そうなの! 本当に強くて尊敬するんだから…!」
有紗の目がキラキラ輝いている。恋しているって感じで良いな。
「何か、恋だね。キラキラしているね」
「真帆だって恋じゃん!」
「私は恋していないよ…」
「えー? 恋だよ」
注文したサンドイッチとパスタが来た。
有紗はパスタをくるくるしながらニコニコしている。
「有紗…今の私は、伊東に恋していると思ってないから…」
「違うよ。恋しているのは真帆じゃなくて。伊東先生の方」
「え?」
「好きな子ほど、ついからかいたくなる。つまり、真帆は恋をしていないかもしれないけど、真帆は『好意を寄せられている』と思うの!! イコール、真帆も恋している」
「そんなの!!! こじつけじゃない!!」
あの伊東が好意を寄せている?
いや無い。本当、有紗に見てほしい。私に対する伊東の態度を。
「伊東先生のその様子、絶対恋しているよ。キャー!!!」
有紗は頬を赤らめる。最早楽しんでいるのでは。
「だって、接点ないのに無理矢理関わろうとしている様子見られるし。空手の練習も見せてくれたんでしょ?」
「うん」
「元々、青見先輩と伊東先生は、空手部の練習後に個別トレーニングしていたの。でも、一部の生徒がその様子を見ているってことに嫌気がしたみたい。練習を見られたくないって。それでね、空手部員が来る前の時間に、個別トレーニングをし始めたの」
意外だ…と感じた。これ見よがしに見せているのかと思ったが、そうでも無いのか。
「学校で自分が空手をしているのを見られたくないんだって。そんな伊東先生が真帆に見学しても良いよって言うなんて! あぁ、胸キュンしすぎて死にそう…」
有紗はセットのサラダに手を伸ばす。うーん、違うと思うけど。
「仮にそうだとしても、伊東に好かれる理由が分からないよ。接点ないし。それに、度重なるデリカシーの無い発言に私は最早、呆れているのだけどね」
「でもさ、真帆!! 嫌よ嫌よも~??」
「好きのうちじゃないからね!? 違うから本気で!」
部活まであまり時間がないことに気付いた私たちは、ランチを食べ進めるペースを早める。
その間、空手の事を聞いた。
スパーとは、正式名称はスパーリング。基礎の肉体鍛錬や応用の身体操作ではなく、対人的な技術を磨くための模擬戦の事らしい。青見先輩は「組手」で全国大会に出るみたい。所属する極真空手道場では『フルコンタクト空手』と言って、防具を何も身に付けずに蹴って殴る競技なのだと教えて貰った。
足早にランチを食べ終え、私たちは店を出た。
「じゃあ、そろそろ部活行くね」
「ありがとうね、有紗。部活頑張って」
「うん! ありがとう! また、聞かせてね!」
有紗は学校の方へ向かって歩き始めた。
「はぁ、帰ろう…」
思わずため息が漏れた。
しかし、有紗と会話をしたことで何となく心は軽くなっていた。