青春は、数学に染まる。
本鈴が鳴り、皆が席に着く。
早川先生が教室に入ってくると思っていたのだが、予想は外れた。
「えー、数学担当の伊東です。日頃は3年生の数学を担当しています。早川先生は所用で時間内に来られないので、最初は僕が担当します。途中で交代します」
ほんの少し、ドキッとした。
いや、ドキッって何よ。
教室がざわついている。
このクラスにも伊東ファンクラブの会員がいることは知っている。多分騒いでいるのはその人たちだ。接点はないのに外見が好きなだけの、にわかファン会員たち。
思わず有紗の方を向くと目が合った。……ウインクで合図するな…。
「今日は夏休み明けなので、初回はテストです。夏休みどのくらい勉強したかをチェックします」
今度は違う声で教室がざわついた。テストへのブーイングだ。
伊東は無言でテストを配り始める。
「…」
意外だった。授業の伊東を見たことが無かったが、こんなにも違うのか。デリカシーの無い発言をしていた、あのふざけた様子が見られない。
伊東に対して悪い噂は聞いたことが無いのは、この授業での様子あってのことだったのか。
「…」
「テストが行き渡ったかと思います。それでは、はじめ」
あの私に対する態度は本当に何だったのだろうか。
普通過ぎる。今の伊東はあまりにも普通過ぎる。
考えれば考えるほど、段々とムカついてきた。
そして…
テストは半分くらいしか解けなかった。
気付いたら伊東から早川先生に代わっている。
「テストお疲れ様でした。最初来られなくてすみませんでした。採点して、また点数が低い人は補習の可能性がありますので、心得ておいてください。それでは、今日の授業を終わります」
あーあ。
多分また補習だなぁ。
私の高校生活、数学に殺されそうな勢い。
今回は伊東のことがムカついたから解けなかったことにしておこう。
「真帆~真帆~」
「有紗。今回もテスト最悪過ぎたよ」
「テストはどうでもいいの。それより、伊東先生来たね!!」
有紗は周りに聞こえないように小声で話す。
「伊東先生の授業はあんな感じかぁ。普通じゃん。何でそんなに伊東先生に対して怒っているの?」
「いや、あんな感じじゃないから。私に対して。あんなの猫被りだよ」
本当、有紗に様子を見せたいよ。
あの発言、あの顔。
思い出すだけでまたイライラしてきた。
「うーん。授業の様子が本当の伊東先生なのか、それとも真帆の前が本当なのか。わかんないね」
「とりあえずあんまり関わりたくない」
不覚にもドキッとしてしまったことは有紗には秘密。
嫌いなのに。イライラするのに。どうしても気になってしまう。
何なのだろう、この感情。