青春は、数学に染まる。
放課後は変わらず数学の補習。
そういえば、今回の補習のエンドが決まって無いなぁ…。
補習が始まったのは良いものの、終わりが見えない。
「失礼します」
「はーい」
「…え」
返って来た声は、伊東だった。
「こんにちは。早川先生はご不在ですか?」
「はぁ…俺が目の前にいるのに、早川先生の名前を出すの?」
………ん?
意味が全く分からない。そして何故かニヤニヤしている。
「いや、全く意味が分からないです。今日も早川先生の補習を受けに来たのですから」
「ふははは、知っているよ」
「早川先生は担任しているクラスの生徒と急遽面談。何か色々大変みたいよ」
「…そうですか」
早川先生がいないなら帰る一択だ。
「藤原が来たら今日は帰らすようにと言われているんだけどさ。……少し、お茶していかない?」
「え、お茶?」
伊東は顔を小さく掻きながら提案してきた。
どういうこと? 何で伊東とお茶しないといけないのか。
「いやいや、他の先生や生徒に見られたらどうするんですか」
生徒に見つかるのも面倒だけど。
早川先生にその光景を見られたら説明しにくいし、面倒だ。
そう思い、気付く。
何故私は、早川先生に見られることを心配しているのだろうか?
「うーん、まぁ。そうね。ははっ」
「ははっ、じゃないですよ!」
伊東は笑いながら自分の机から棒付きキャンディーを取った。
「じゃあ、これ持って帰って」
「棒付きキャンディー…」
初めて貰った時のキャンディーと同じ種類。
伊東の机を見ると、ペン立ての中にカラフルなキャンディーがびっしり立てられている。
ペン立てならぬ、キャンディー立て。
「本当に好きなんですね。…ありがとうございます。頂きます」
「へへっ。何か俺さ、藤原に会話して貰えているのが嬉しくて。…ガキみたいだな」
伊東は夕日が差し込む窓へ顔を向ける。
光が当たった伊東の瞳は、少しだけ潤んで見えた。
「………」
私はそんな伊東に対して、何も答えることが出来なかった。
「ほら、今日は早く帰りな。補習続きで早く帰れて無かっただろう」
「確かに…」
「折角の帰宅部なのに可哀想。もうこの際、数学補習部でも作る? 勿論、顧問は俺だけど」
数学補習部? 何そのふざけた部活は。
「え。そんなの絶対嫌です。死ぬほど嫌」
「部員は藤原だけだから良いじゃないか。補習さえ受ければ何しても自由」
そういう問題?
ポカンと固まっていると、まぁ部員が1人じゃ部としては全く成り立たないけどね。と付け足して笑った。
「じゃあ、気を付けて帰りなよ」
「…はい。失礼します」
一礼をして数学科準備室を出る。
伊東は私が廊下の角を曲がるまで、ずっと立ってこちらを見ていた。