青春は、数学に染まる。
家に帰り、すぐ自室へ入る。
『先生と生徒 恋愛』
『先生 生徒 恋愛 学校内』
パソコンを開いて色々なワードで検索をかけた。
まぁ、あれだよね。生徒から先生への片思いパターンは良くあるけど、逆パターンや恋愛に発展したパターンはなかなか無いよね。
「……ふ~ん」
溜息をつきながらベッドに転がる。
先生の方から生徒に告白してくるのって、かなりレアなのでは。
さっきの検索で見つけたあるサイトのワンフレーズが頭で響く。
『生徒の人生を本当に考える教師は、例え両思いでも交際に発展させません』
「……」
そうだよな。先生と生徒の恋愛なんて、リスクしかないし。お互い解雇、退学の危険もある。
以前倒れて保健室に行った時、睦月先生が早川先生に言っていた言葉を思い出した。
『…まぁ。早川先生、私は誰にも言いませんけども。十分注意して下さいよ。それは先生のことではなく、藤原さんを心配しての話です』
そういうことよね。
睦月先生の言いたいことは、そういうことだ。
早川先生に伊東。先生から思いを伝えられるのがレアケース過ぎて、私はどうするのが正解か分からない。
とはいえ、既に私も早川先生にぞっこんだ。
もう、後戻りは出来ない。
テスト週間に入り、数学科準備室に行くことは無くなった。
早川先生とは授業で会うが、もう挙動不審では無い。ごく普通の、いつも通りの早川先生だった。
伊東の方は本当に会う機会が無い。
…いや、会わなくて良いのだけども。
放課後、教室から昇降口へ向かう途中に少し寄り道をした。
ゆっくり廊下を歩いて窓から外を見る。
この学校特有の景色や雰囲気…本当に好きだ。
部活が無いから有紗と帰ろうと思っていたが、どうやら彼氏の青見先輩と帰るらしい。
……良いなぁ。
早川先生と歩いて一緒に帰るなんて出来ないから憧れはあるけど。
それが出来ないのが私の恋愛だから仕方ない。
「…藤原さん?」
早川先生の声が聞こえる。幻聴か。
幻聴が聞こえるようになると終わりだな。
…なんて考えていたら、肩を叩かれた。
「藤原さん」
「……え? 本物?」
「意味が分かりません」
背広姿の早川先生が立っていた。
いつも白衣を着ていて白いから、黒なのは新鮮だ。
「どうしたのですか、こんなところで」
「学校の雰囲気を感じたくて、散歩していました」
早川先生はフッと笑って腕を組む。
背広のせいか、いつもと同じ笑顔なのにかっこよく見える。
「テスト期間ですよ。早く帰らないと、僕で無かったら怒られています」
「……先生になら怒られても良いです」
「何言っているのですか。そもそも、僕は怒りません」
…嘘つき。伊東に対してあんなに怒っていたのに。
「しかし、散歩していて良かったです。お陰で先生に会えました」
小声で私がそう言うと、早川先生は口元を隠すように左手を持って行った。少しニヤけている。
「ふふ、偶然僕に会えてもテストに出る問題は教えられませんから。早くお帰り下さい」
「……え?」
突然どうした。何言っているの?
単純に想定外の場所で先生に会えて嬉しいって思っただけなのに!!
テスト問題を聞きに来たと思われるのは心外だ。
「何ですか? 別に問題を聞きに来たわけじゃないですし、先生に会おうとして来たわけでもありませんよ。言われずとも早く帰ります。サヨナラ先生」
ツンッとしながら言い放った。我ながら全然可愛くない。
そんな早川先生は声を抑えて笑っていた。
私は来た道を帰ろうと振り返ると、少し先に国語の先生が歩いているのが見えた。
「あっ…」
他の人が居たのか…。
早川先生のあの発言はこの先生の存在を認識してのことだったみたい。
先生の方を振り向くと、小さく頷いた。
…そういうこと。
私と先生の関係は、そういうことだ。
公に出来ない、バレたらいけない、秘密の恋。
「藤原さん、気を付けて帰って下さいね」
「…はい!」
今日先生に会えて良かった。
少し会話をしただけでも、テスト頑張れそう!
私は上機嫌なまま家へ帰った。