青春は、数学に染まる。
同僚からの指摘
(side早川)
今日も可愛い藤原さん。
僕は藤原さんにプリントと鍵を渡して、足早に職員室へ戻る。
本当はすぐにでも傍に行きたいが、今はまだ無理。
僕は憎き神崎くんの補習の準備をしなくてはならない。
藤原さんと神崎くんを合わさないようにしなくては…。
数学科準備室で待たせると神崎が来るからダメ。
空き教室に行ってもらうのは微妙だったが、僕の中では最善策だ。
神崎くんの補習については伊東先生に任せた。昨日の時点で僕は神崎くんの補習を見る気は無かった。でも受け持っている以上は補習の教材を僕が用意して、補習内容を伊東先生に引き継がなければならない。
「……はぁ」
実は今日の3限目が終わった後、藤原さんのお友達が数学科準備室に飛び込んできた。
どうやらまた、神崎くんが藤原さんに付き合おうと言っていたらしい…。
遡ること、数時間前。
「先生!!! 神崎が真帆に付き合おうって付きまとっているよ! 先生が一緒に補習するから!!!」
突然開いた扉。そして飛び込んできた藤原さんのお友達。
「入る時はノックをしてくださいよ」
そう言いつつ、心の中で呟いた。………またか。
神崎くんも本当に懲りない人だ。
伊東先生に対する思いとはまた違う怒りの感情が沸き上がってきて、思わず体が震えた。
許せないなぁ。
「ちょっと、先生! 顔怖いよ!!!」
「…あぁ、すみません」
ダメダメ。生徒の前で感情的になってはダメだ。
「…ところで、取られるっていう言葉が気になるのですけど。藤原さんのお友達は、僕と藤原さんのことをご存じなのですか?」
「またそれ!! 私は的場だって言っているでしょ! それに当たり前よ! 私と真帆は先生よりも付き合いが長いし、もはや一心同体なんだから!! 因みに先生と真帆がチューをしたことまで知っているから。私に隠し事はしないことね!」
「………」
耳まで赤くなるのが分かる。そして同時にモヤ…とした感情が芽生える。
神崎くんへの怒りの上に藤原さんのお友達への嫉妬心が上乗せされた。
…………じゃなくて。妬くな、自分。
藤原さんのお友達にまで妬き始めたらおしまいだ。
「とにかく、神崎はヤバいやつだから。補習の件はお願いしますよ!」
「は、はい……」
藤原さんのお友達は、よし!! と叫んであっという間に飛び出て行った。本当に嵐みたいな人だ。
「………」
そしてデスクに座って丸くなっていた伊東先生がゆっくりこちらを向いて、静かに声を発した。
「……早川。もしかして俺は空気と同化していた感じ?」
「そうですね。そういう事にしときましょう」
藤原さんのお友達には伊東先生が見えていなかったのだろう。
伊東先生は小さく顔を掻いて、困ったような表情をしていた。
まだ伊東先生の件も解決とまでは行っていないのに。
そこへ神崎くんという脅威が現れるとは思ってもいなかった。
「なぁ。俺が藤原さんの補習見るからさ。神崎ってやつの方見たら? 別々に補習するならそれがベストだろ」
「…はい?」
何を言っているのか。寝言は寝て言いなさい。
「補習を見て頂けるということでしたら感謝しますが、担当する生徒が逆です。この流れだと貴方が神崎くんを見る。それに尽きます」
「いや俺、神崎ってやつと接点無いし。早川は受け持っているクラスの子だろ? 一方藤原は俺が副顧問をしている数学補習同好会のメンバーだし。妥当だと思わないか?」
「えぇ、全く思いません」
「はぁ?」
冗談じゃない。藤原さんと伊東先生が2人で補習だなんて…。
「もしかして、妬くってこと?」
「…別に。妬きませんけど」
「顔に書いてあるよ」
伊東先生はケラケラ笑った。全然笑いごとではないって。
「…………」
真顔で黙り込んでいると、伊東先生は笑うのを止めてわざとらしい大きなため息をついた。
「はぁ~~~。分かったよ。分かったから。あと4日だろ? 神崎の方は任せろよ。その代わり、今度1回だけ藤原の補習をさせて」
「………神崎くんの件はありがとうございます。藤原さんの件は受け入れられません」
「はぁ!? 1回も駄目なのかよ! 小さい男だな!!!」
ふん。小さくて結構。
伊東先生や神崎くんのように軽いより良いと思う。そう自分に言い聞かせた。
藤原さんのお友達が来た時のことを思い返していると、目の前に伊東先生が現れた。
「早川先生」
「あぁ、どうも」
日頃僕のことを呼び捨てにする伊東先生も、流石に職員室では“先生”を付けるようだ。
このように場所によって態度を変えるのも気に入らない。
「神崎、数学科準備室に来たよ」
「分かりました」
僕は用意したプリントを伊東先生に渡し、どういう内容の補習をするのか説明をした。
一応は伊東先生も数学教師。僕の言うことはすんなりと理解してくれる。
「あぁ、分かったよ。そして補習の時間は1時間ね。了解」
片手を上げて職員室から出て行った。
僕も藤原さんのところに行かないと…。急いで荷物をまとめていると、後ろから別の声がかかった。
「早川先生」
「…え?」
声の方を振り返ると、そこには保健室の睦月先生が立っていた。
「早川先生が職員室って珍しいね」
「そうですか」
「職員会議の時しかいないイメージ」
「流石に盛りすぎです」
僕は早く藤原さんの元へ向かいたいのに。
睦月先生はニコニコ微笑んでいるだけで何も言わない。
「それより、何かご用ですか」
「ふふ、そうね」
睦月先生は手招きしながら言う。
「別件で職員室に来たんだけど、早川先生見つけちゃったから予定変更。保健室まで来てよ」
どういう要件だろう。口角を上げたままの睦月先生の顔からは感情が読み取れない。
そもそも藤原さんを待たせている。そう長く時間は取れないのだが…。
「すみません、補習同好会で生徒待たせていますんで…」
「そんなに長くならないから大丈夫よ。ほら、早く」
背中を押され、強制的に連れて行かれる。
長くならないとか、そういう問題ではないけれども…。
大人しく従うことにした。
今日も可愛い藤原さん。
僕は藤原さんにプリントと鍵を渡して、足早に職員室へ戻る。
本当はすぐにでも傍に行きたいが、今はまだ無理。
僕は憎き神崎くんの補習の準備をしなくてはならない。
藤原さんと神崎くんを合わさないようにしなくては…。
数学科準備室で待たせると神崎が来るからダメ。
空き教室に行ってもらうのは微妙だったが、僕の中では最善策だ。
神崎くんの補習については伊東先生に任せた。昨日の時点で僕は神崎くんの補習を見る気は無かった。でも受け持っている以上は補習の教材を僕が用意して、補習内容を伊東先生に引き継がなければならない。
「……はぁ」
実は今日の3限目が終わった後、藤原さんのお友達が数学科準備室に飛び込んできた。
どうやらまた、神崎くんが藤原さんに付き合おうと言っていたらしい…。
遡ること、数時間前。
「先生!!! 神崎が真帆に付き合おうって付きまとっているよ! 先生が一緒に補習するから!!!」
突然開いた扉。そして飛び込んできた藤原さんのお友達。
「入る時はノックをしてくださいよ」
そう言いつつ、心の中で呟いた。………またか。
神崎くんも本当に懲りない人だ。
伊東先生に対する思いとはまた違う怒りの感情が沸き上がってきて、思わず体が震えた。
許せないなぁ。
「ちょっと、先生! 顔怖いよ!!!」
「…あぁ、すみません」
ダメダメ。生徒の前で感情的になってはダメだ。
「…ところで、取られるっていう言葉が気になるのですけど。藤原さんのお友達は、僕と藤原さんのことをご存じなのですか?」
「またそれ!! 私は的場だって言っているでしょ! それに当たり前よ! 私と真帆は先生よりも付き合いが長いし、もはや一心同体なんだから!! 因みに先生と真帆がチューをしたことまで知っているから。私に隠し事はしないことね!」
「………」
耳まで赤くなるのが分かる。そして同時にモヤ…とした感情が芽生える。
神崎くんへの怒りの上に藤原さんのお友達への嫉妬心が上乗せされた。
…………じゃなくて。妬くな、自分。
藤原さんのお友達にまで妬き始めたらおしまいだ。
「とにかく、神崎はヤバいやつだから。補習の件はお願いしますよ!」
「は、はい……」
藤原さんのお友達は、よし!! と叫んであっという間に飛び出て行った。本当に嵐みたいな人だ。
「………」
そしてデスクに座って丸くなっていた伊東先生がゆっくりこちらを向いて、静かに声を発した。
「……早川。もしかして俺は空気と同化していた感じ?」
「そうですね。そういう事にしときましょう」
藤原さんのお友達には伊東先生が見えていなかったのだろう。
伊東先生は小さく顔を掻いて、困ったような表情をしていた。
まだ伊東先生の件も解決とまでは行っていないのに。
そこへ神崎くんという脅威が現れるとは思ってもいなかった。
「なぁ。俺が藤原さんの補習見るからさ。神崎ってやつの方見たら? 別々に補習するならそれがベストだろ」
「…はい?」
何を言っているのか。寝言は寝て言いなさい。
「補習を見て頂けるということでしたら感謝しますが、担当する生徒が逆です。この流れだと貴方が神崎くんを見る。それに尽きます」
「いや俺、神崎ってやつと接点無いし。早川は受け持っているクラスの子だろ? 一方藤原は俺が副顧問をしている数学補習同好会のメンバーだし。妥当だと思わないか?」
「えぇ、全く思いません」
「はぁ?」
冗談じゃない。藤原さんと伊東先生が2人で補習だなんて…。
「もしかして、妬くってこと?」
「…別に。妬きませんけど」
「顔に書いてあるよ」
伊東先生はケラケラ笑った。全然笑いごとではないって。
「…………」
真顔で黙り込んでいると、伊東先生は笑うのを止めてわざとらしい大きなため息をついた。
「はぁ~~~。分かったよ。分かったから。あと4日だろ? 神崎の方は任せろよ。その代わり、今度1回だけ藤原の補習をさせて」
「………神崎くんの件はありがとうございます。藤原さんの件は受け入れられません」
「はぁ!? 1回も駄目なのかよ! 小さい男だな!!!」
ふん。小さくて結構。
伊東先生や神崎くんのように軽いより良いと思う。そう自分に言い聞かせた。
藤原さんのお友達が来た時のことを思い返していると、目の前に伊東先生が現れた。
「早川先生」
「あぁ、どうも」
日頃僕のことを呼び捨てにする伊東先生も、流石に職員室では“先生”を付けるようだ。
このように場所によって態度を変えるのも気に入らない。
「神崎、数学科準備室に来たよ」
「分かりました」
僕は用意したプリントを伊東先生に渡し、どういう内容の補習をするのか説明をした。
一応は伊東先生も数学教師。僕の言うことはすんなりと理解してくれる。
「あぁ、分かったよ。そして補習の時間は1時間ね。了解」
片手を上げて職員室から出て行った。
僕も藤原さんのところに行かないと…。急いで荷物をまとめていると、後ろから別の声がかかった。
「早川先生」
「…え?」
声の方を振り返ると、そこには保健室の睦月先生が立っていた。
「早川先生が職員室って珍しいね」
「そうですか」
「職員会議の時しかいないイメージ」
「流石に盛りすぎです」
僕は早く藤原さんの元へ向かいたいのに。
睦月先生はニコニコ微笑んでいるだけで何も言わない。
「それより、何かご用ですか」
「ふふ、そうね」
睦月先生は手招きしながら言う。
「別件で職員室に来たんだけど、早川先生見つけちゃったから予定変更。保健室まで来てよ」
どういう要件だろう。口角を上げたままの睦月先生の顔からは感情が読み取れない。
そもそも藤原さんを待たせている。そう長く時間は取れないのだが…。
「すみません、補習同好会で生徒待たせていますんで…」
「そんなに長くならないから大丈夫よ。ほら、早く」
背中を押され、強制的に連れて行かれる。
長くならないとか、そういう問題ではないけれども…。
大人しく従うことにした。