青春は、数学に染まる。
空き教室を飛び出し、ゆっくりと昇降口へ向かう。
時間は17時半くらいだが、冬だから外は真っ暗だ。
窓の外を見ると雪がチラチラと舞い降りていた。
来週はクリスマス。
クリスマスは…早川先生と過ごしたいと思っていたのに…。
歩いていると正面から人が向かってくるのが見える。泣いているのがばれないように下を向きながら歩いていると名前を呼ばれた。
「…藤原?」
「…げ」
本当にこの人はタイミングが悪い。狙っているとしか思えないんだけど。
「補習終わったのか? こっちも神崎の補習していたんだけど無事終わったんだ…」
そういえば伊東が神崎くんの補習をするって言っていたな。
「こちらも終わりました、失礼します」
伊東に顔を見られないように下を向きながら急いで去ろうとすると、腕を引っ張られた。
「…おい待て、何で泣いているんだよ」
「泣いていません」
「嘘つくな…」
涙でぐしゃぐしゃの顔を伊東が袖で拭った。
「ちょ、汚いですよ」
「お前なら構わん」
伊東は顔を掻きながら溜息をついた。
「その状態じゃ帰れないだろ。ちょっと数学科準備室で休んで行きなよ」
私は思い切り首を振る。早川先生が来るかもしれない場所には行けない。
「何でだよ…。早川と何かあったの?」
今度は縦にも横にも振らない。伊東には、言えない。
「………」
伊東は無言で私の腕を引いて数学科準備室の方向へ歩き出した。
「行かないって」
「いいから」
歩きながら空き教室棟に目を向ける。
先程までいた教室の前には早川先生が立って、悲しそうな目でこちらを見ていた。
数学科準備室に入るとソファに座らされた。
机の上には『鳥でも分かる!高校数学』が置かれており、早川先生との記憶が蘇る。
「………」
伊東は自分の机から可愛らしいキャンディーを複数手に取ってこちらに来た。
「どれでも、好きなものを食べてよ」
「ありがとうございます…」
私は犬の形をしたキャンディーを手に取った。
可愛すぎて食べられない。
「なぁ、本当にどうした? 話せないか?」
「いやぁ…本当に何も無いですよ」
無理して笑顔を向ける。伊東は険しい表情をしたが諦めたようだ。
「…言えないなら、分かった。無理して聞かない。ただ、忘れるな。俺も藤原のことが好きで、お前のことを凄く心配しているってことを」
「……………」
何も言えない。
私はひたすら無言を貫いた。
その後、しばらく伊東と雑談をしていると、気持ちが少し落ち着いてきた。今日の伊東は私を馬鹿にするような発言も無い。
「先生、そろそろ帰ります」
「あぁ。落ち着いたようだしな。気を付けて帰れよ」
「はい。さようなら」
早川先生に出会わないように…。
そう祈りながら足早に昇降口へ向かった。
それから家に帰っても、ずっと心の中は早川先生の事でいっぱいで。
胸が苦しく、そして…悲しかった。