青春は、数学に染まる。
神崎くんの思い
あの日からずっと補習には出ていない。
神崎くんは真面目に補習を受けていたようだ。
今日は再試の日。
当然、受けずに帰るつもり。
神崎くんに声を掛けられないように急いで教室を出ようとしたが…間に合わなかった。
「藤原さん。この後の再試受けるよね?」
「あ、いや…受けないよ」
「受けない? そんな選択肢があるの?」
「いや…どうしても都合が付かなくて」
「都合って何?」
しつこい。放っておいてくれたらいいのに。
私は神崎くんの返事を聞かずに教室の出入口に向かう。
「あ、ちょっと待ってよ」
「良いから。私に構わないで」
生徒の波を縫いながら昇降口へ走った。
再試を受けないことが、2学期の評定にどう影響が出るか分からない。
だけど評定なんかどうでもいいと思うくらい、早川先生に会いたくない。
数学なんて、知らない。
翌日、学校に登校すると昇降口に早川先生が立っているのが見えた。
こういう時に限って立哨指導なんてしているよね。会いたくないのに。
「……」
私の前に居た生徒の集団の後ろにピタッとくっついて、隙間を埋める。
そして足早に先生の前を通過した。
「おはようございます」
「……」
先生は挨拶したが、私は無視をする。
痛いほどの視線を感じたが、気にしない…気にしない…。
「藤原さん、おはよ」
「…おはよう」
昇降口で神崎くんと一緒になった。こちらも、会いたくない。
「昨日は本当にどうしたの。俺1人で再試受けて寂しかったんだけど」
「そんなこと無いでしょ。私なんていてもいなくても同じだよ」
「いいや、そんなことある」
神崎くんは私の肩に腕を回した。
「!」
反射的に体が動いて神崎くんの腕を振り払う。
「やめてよ。触らないで」
「相変わらず冷たいなぁ」
ケラケラ笑いながら歩いて行く神崎くん。私は一歩後ろを歩いた。
「俺、無事補習終わったよ。もう今日から行かなくていいんだぁ」
「そう。…おめでとう」
嫌味のように感じ取ってしまう私は心が捻じ曲がっているのだろう。
そんな自分に嫌気が差す。
補習に行かず、再試も受けていないのは自分の意思なのに。
「ねぇ、藤原さん。本当に俺と付き合う気はないの?」
「…朝から何よ。その話もしつこい」
「最初は冗談だったけど、今は本気なんだ。それに…この前からずっと元気が無くて気になっている」
神崎くんは立ち止まって振り返った。
その目は本気だ。
「私、神崎くんの取り巻きの女の子たちに目を付けられたくないの。周りに沢山女の子いるんだから、私じゃなくても良いじゃない。平穏に生活したいからさ。勘弁してよ」
「え、俺ってそんなイメージ?」
「うん」
悲しいなぁ、と呟く神崎くん。
教室に入ると、朝練を終えた有紗が居た。
「あ、真帆! おはよう」
「おはよう」
私が有紗の方へ駆け寄ると、神崎くんは自分の席へ行った。
「…真帆、神崎とはどうしたの」
「昇降口で一緒になったの。また付き合おうって言われた」
「あいつホンマに…」
はぁ、と溜息をついて頭を抱えた。
しかし私自身、最近は神崎くんのあれにも慣れてきているから怖い。
「ところで、昨日の再試はどうしたの?」
「行かなかった」
「そっか…」
会えないよ。早川先生。
顔を会わせたら泣いてしまう自信しかない。
「今後、補習も行かないの?」
「行かない。二度と行くものか!!」
「うーん…本当にそれで良いのかな」
正直、正解が分からない。
だけどもう良いかな。
早川先生も数学も、もう知らない。