青春は、数学に染まる。
とぼとぼ昇降口に向かって歩いて行く。
校舎内には吹奏楽部の演奏が響いている。
部活動を頑張っている人は尊敬するよ。私は一刻も早く家に帰ってゴロゴロしたいとしか思っていないもん。
それはそうと。
早川先生は伊東先生の言ったこと気にするなと言ったけど…。
気になって仕方がない。凄くムカムカして気持ちが落ち着かない。
本当に、あんな人だとは思わなかったなぁ…。
ゆっくり廊下を歩いていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、おい。藤原」
「誰…」
振り返ると少し遠くに伊東が立っていた。
もう呼び捨てかよ…。馴れ馴れしくて少し苛立つ。
伊東は少し小走りで駆け寄ってきた。
「補習終わったの?」
「はい」
私は再び体の向きを進行方向に変えて伊東先生に背を向ける。
「中学生はさっさと帰りますから。先生サヨナラ」
「え、ちょっと待てよ…」
伊東先生は私の後ろを付いてくる。
「何か用ですか?」
「あ…えっと。お詫び、渡したくて」
「お詫び?」
さっきのことだろうか。むしろそれしか思い浮かばないが。
「これ、受け取ってよ。その…さっきはごめん」
差し出されたのは猫の形をした棒付きキャンディーだった。
どういう風の吹き回しなのか。そもそも初めて会話した人から食べ物なんて受け取れない。それは先生だって例外ではない。
「毒入りかもしれないけど」
この人はとことん私のことを馬鹿にしたいようだ。謝りたいのか貶したいのか分からない。
「受け取れません」
「そう言わずに…。嘘だよ。毒とか入っていないから」
「そういう問題じゃないです」
「なぁ。コレ俺の好物なの。食べて明日も頑張ってよ」
伊東先生は差し出した手を引こうとしない。
そんなに受け取って欲しいの?
「ね、藤原さん」
「……」
あまりにもしつこい。面倒なので大人しく棒付きキャンディーを受け取った。
「……ありがとうございます」
「お、おう! 気を付けて帰れよ」
伊東先生は満面の笑みを浮かべて去って行った。
「何なの、意味わかんない」
さっきまで伊東先生の発言に苛立ちを感じていたが、今は不思議と温かい気持ちでいっぱいになっていた。
「自分の感情も意味わかんない…」
伊東先生から貰ったキャンディーの猫は微笑んでいるように見えた。