青春は、数学に染まる。

誰もいない昇降口。ラッキーと思いながら急いで靴を履き替えていると、後ろから声がかかった。

「藤原さん」



パッと反射的に振り向く。







早川先生だと…そう思った。








「…神崎くん」
「え、泣いているの?」
「いや、目にゴミが入っただけ。どうしたの? 部活は?」
「今日はもう終わったんだ…」


神崎くんと目を合わせないように会話をするが、神崎くんは無理矢理視界に入ってこようとする。

「やっぱり泣いている。どうしたの」
「本当に何も無いの。じゃあね」

靴を履いて外に向かうが、神崎くんもついてくる。

「何でついてくるの」
「俺も帰るから…というのもあるけど。藤原さんを放っておけない」

神崎くんも何だかんだ優しい。第一印象は最悪だったけど。

「…もう、勝手にして」




トボトボと正門に向かって歩く。神崎くんはそんな私の一歩後ろを歩いていた。

周りに誰もいないのが救いだ。

 



早川先生…追いかけて来なかったな。
別に期待していたわけではないけど、少し寂しさを覚える。



「藤原さん。…大丈夫?」


涙が止まらない。どうしよう…神崎くんに迷惑がかかってしまう。

「大丈夫…。大丈夫だから、神崎くんは先に帰ってよ。神崎くんは関係無いのだから」
「だからさ、放っておけないって言っているだろ…」

そう言いながら私の手を握ってきた。

「やめて。困るから」
「良いじゃん…何で困るんだよ…」



神崎くんの手を振り払おうとしても払えない。
力が…強い。










学校の坂を下り終わって平坦な道に差し掛かった時、ふと名前を呼ばれた。



「……真帆」
「……………え、え?」
「誰?」

坂を下りきった場所にある十字路。
向かって左側に車が停まっており、そこに人が立っていた。




早川先生…何で?



ただ…さっきまでの早川先生とは違う。
前髪の七三分けを崩して、眼鏡を外している。

そして、厚手のダッフルコートを羽織って黒いマフラーを巻いていた。



「真帆。…迎えに来た」
「……」

早川先生、さっきまで数学科準備室にいたのに。どういうこと?


状況が全く理解できないが、いつもの敬語が無く、私のことを呼び捨てにしている辺り…早川先生は『演技』をしているのだろう。


今ここで『早川先生』と呼んではいけないことだけは理解した。




「藤原さん、誰? お兄さん?」
「…そう、兄なの。神崎くん。ここまでありがとう」


神崎くんの手を今度こそ振り払って、駆け足で早川先生の方へ駆け寄る。

先生は無言で車のドアを開けて、私を乗せてくれた。



「…兄? 本当に?」

先生も車に乗り込むと、神崎くんの方は一切見ずに車を走らせた。






 
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