青春は、数学に染まる。
「早川先生、急にごめんなさい」
「いえ。的場さんもご一緒でしたか…」
「先生、やっと私の名前を覚えましたか」
「元々知っています」
「わざとか!」
声は明るいが、表情は硬いまま。
そんな有紗を一番前の席に座らせた。
その隣に私が座り、早川先生は教壇に座る。
「…さて。その様子、ただ事ではありませんね。どうされました?」
「実は…」
さっき有紗から聞いたことを私が代わりに話した。
有紗が所々補足をしながら状況を伝える。
早川先生の表情は…段々と怒りに変わって行った…。
「有紗から話を聞いて、伊東先生のところに乗り込もうと思ったのですが、私も伊東先生に嫌な思いさせられていますし。何より…早川先生に黙って行けませんでした」
早川先生は頷きながら私の頭をポンポンと撫でる。
「それで正解です。僕に連絡をくれて良かったです」
さて、と呟いて有紗の方を向く。
「まずは、怪我とかありませんか。無理矢理の性行為をされた。お間違いありませんか」
「怪我はありません。性行為、だけです」
「それで、青見くんは参加したのですか?」
「いえ…先輩は始まったのを見届けて倉庫から出て行きました」
何ということ…。本当に、文字通り『売った』のだ。
「どちらもクズですね」
有り得ない。やっぱり青見先輩も伊東も人として有り得ない。
早川先生は眉間に皺を寄せて何かを考えている。
「真帆。さっき、伊東先生に嫌な思いをさせられたって言っていたけど…。何されたの」
私は早川先生にアイコンタクトを送る。先生も頷いた。
「補習しに数学科準備室へ行くと、エッチな声が漏れていたの。最初、伊東か早川先生のどちらかが…良からぬことをしていると思ったの」
「ん? 僕も疑われていたのですか。聞き捨てなりませんね…」
「ふふ。まぁ冗談ですが。…それで、数学科準備室から去ろうと思ったら早川先生が現れたら状況説明をしたの。それで準備室に入ったら…伊東がAV見ていてね。もうそれだけでもドン引きだし最低だと思ったのに。その後、『俺の相手する? 良くしてあげるよ』って言われて…」
そこまで言うと、涙が零れて来た。
「あれ…ごめん、有紗。有紗の方が辛いのに」
無理して有紗に微笑んでみると、有紗もまた泣き出した。
「どっちが辛いとか無いよ…」
早川先生は立ち上がって、左腕で私を抱き締め、右手で有紗の背中をトントンと叩いた。
「2人とも大丈夫です。的場さん、僕に話してくれて良かったです。…因みに、的場さんはどうしたいですか? 伊東先生は解雇させて、青見くんは退学させますか?」
それを聞いて、思わず有紗と向き合う。
そうか。そういう話になってくるのか…。
「的場さん、覚えていますか。僕が怪我をしてギブス巻いていた時の事」
「…あ、はい…。転んでヒビ入っていた時ですよね。でもそれは表向きで、本当は伊東先生にやられたとか…」
「藤原さんから聞いていますよね」
私は自信満々に頷く。有紗には何でも話すよ。
「あの時、本当は傷害で警察に通報しても良かったのです。でもそれを隠して“転んだ”ことにした理由、それは伊東先生を守るためでした」
有紗は俯いて下を向く。
「でも、それは教師同士の暴力の話です。だけど今回は違いますよ。教師が生徒に性的暴行ですから。これについて伊東先生を守る必要があるかどうか…というところです」
「…伊東先生が悪いのは大前提として、青見先輩も事の発端ですから…」
そこまで言って、有紗は床に横たわった。
「有紗? え、大丈夫?」
「的場さん」
有紗はお腹を抑えながら口角を上げた。
「すみません…実はずっと下腹部が痛くて。もう限界…」
それを聞いた早川先生は血相を変えた。
「藤原さん。ちょっとここで的場さんを見ておいてください。また、戻ってきますから」
早川先生は急いで部屋から出て行った。
「どうしたのだろう…。てか、有紗の腹痛は大丈夫なの!? お腹、殴られたとかそういうこと!?」
有紗はふふふっと小さく笑った。
「何で笑うの…」
「真帆は、ずっとそのままでいてね」
「え、え? …どういうこと?」
聞き返しても有紗は答えない。
有紗と早川先生が知っていて、私だけ知らないことがあるみたい…。
少しモヤモヤしながら、私は有紗と会話をして早川先生の戻りを待った。