青春は、数学に染まる。
事情聴取
(side 早川)
馬鹿。伊東先生の大馬鹿野郎。
日頃そんな汚い言葉は使わないのだが、今日ばかりは並べてみたくなる。
僕は大股で数学科準備室へ向かい、右側の扉の前に立った。
中から物音が聞こえてくる。伊東先生はこの中で間違いないだろう。
的場さんの、下腹部痛。
この人、的場さん相手に “最後まで” やったのだ。
嫌がる相手に、“最後まで”。
教師としてどころか…人として許されない。
僕はノックもせずに勢いよく扉を開けた。
伊東先生は驚いた表情で振り向いて、いつものように声を掛けて来た。
「どうした? ノックもせずに」
「どうもこうもありません」
僕は座っている伊東先生の元へ近寄り、ネクタイを引っ張った。
「…何だよ」
「こちらのセリフです。的場さんに何をしたか、今ここで赤裸々に話してもらいましょうか」
「…的場? 誰のこと」
「とぼけないでください。貴方が襲った、空手部の1年生です」
「…………青見が連れて来た子か。…つか、何でお前知っていんの?」
伊東先生は相手の子の名前も知らないまま、行為を行っていたのか…。
困惑したような伊東先生の表情に益々怒りが湧いてくる。何で貴方が困惑しているのでしょうね。
「空手部1年生、的場有紗さん。知りませんでしたか? まぁ無理も無いですよね。1年生と関りがありませんからね。この際、教えてあげましょうね。……藤原さんの大親友ですよ」
「……………え」
「的場さんと藤原さんがお友達でなければ、今回の件は僕の耳に入ってこなかったでしょう」
「………」
目を見開いて頭を抱えた。
この人、藤原さんに付きまとったり好きだと伝えたりしていたけれど、裏ではこのザマだ。
所詮その程度の人間。
「伊東先生…有り得ませんよ、本当に。それは相手が生徒だからとかじゃないです。嫌がる女性に無理矢理迫る何て、人間のやることではないです。ましてや、“最後まで” したのでしょう。的場さん、下腹部が痛いと言って倒れていました。」
思わず怒りで手が震える。
藤原さんの親友ということもあるが、それ以上に生徒相手にそんなことをする人間を許すことはできない。
「……そこまでして得た快感は最高でしたか?」
伊東先生のネクタイを再度引っ張って手を離す。相変わらず目を見開いたままで、何も言わない。
いつもの威勢の良さはどこに行ったのだろうか。
「…さて、お聞きしましょうか。経緯を」
伊東先生は目を伏せて深呼吸をする。
そして、小さく言葉を発した。
「今回の子は、6人目だ」
「……はい?」
「3年の青見。空手部で、全国大会に出るほどの腕前。おまけにイケメンで、女の子はホイホイ寄ってくるような男。あいつ、来月に高校最後の全国大会に出場するんだ。それで4月からずっと、そこを目標に練習してきた。それはお前も知っているだろう」
「……」
「俺、空手部の顧問をしていないけど。青見がどうしても俺に空手を教わりたいと、土下座までしてきたんだ。全国大会で良い成績を残したいので、どうかお願いします。って。その時青見が言ったんだ。『お礼に俺の彼女とヤラせてあげます』って。そしてその後、本当に1人目を連れてきた」
青見くんも引くほど最低な人だ。
自分が良い思いをする代わりに、彼女を『売る』ということだ。
「俺も最初はダメだと思ったんだ。だけど、1人目の子は俺のファンクラブの会員でもあった。それで…逆に喜んでしまって…。それが最初。その子は青見よりも俺が良いとアプローチをし始めて…青見と別れたんだ。そして青見はすぐ次に寄ってきた子を彼女にした。しばらく経ったらまた俺のところへ連れてきた。そして別れる。それの繰り返しだった。ただ、途中からは彼女ではなくて “セフレ” になったかな。青見、夏休み中に付き合い始めた子に意外とハマってしまって。だから、そこからは彼女では無かったはずだ。…今回の子が彼女なのかセフレなのか、俺には分からないけれど」
目眩がしてきた。この人は女の子たちの気持ちを何だと思っているのか。
「そんなの、人間のすることではありません」
「俺もそう思っていたけど、その後に連れてくる子も俺を受け入れてくれる上に他の人には言わないと言っていたんだ。だから俺、良い気になっていた」
「過去の子はそうだったかもしれません。けれど、的場さんは抵抗したと言っていました。それでも力で押さえつけたのでしょう。嫌がっていると分かりませんでしたか?」
「いや…。最初は嫌って言っていても良くなるかもしれないし。最後まで抵抗していて、他の子よりも力が強かったけど…俺も止められなかった」
何だ、この人。
…あぁ、もう限界だ。
ここまで怒りを覚えることも無い。
「そうですか。良く分かりました。もう貴方と話すことは何もありません」
怒りで全身が震えて止まらない。
殴り掛かりたい気持ちもあるが、ここで手を出すと僕が不利になる。
飛んでいきそうな理性を必死に保ち、適切な言葉を探した。
「…次の就職先、探しといた方が良いですよ」
そう言うと、伊東先生は焦って立ち上がった。
「ま、待てよ! 上に報告するつもり?」
「当たり前でしょう。貴方も、青見くんも」
僕はそう言って数学補習室の扉を開けた。
「ちょっと待てよ! 俺、この仕事が好きなんだよ…」
伊東先生は脱力して床に座り込んだが、僕は無視して部屋を出た。
馬鹿。伊東先生の大馬鹿野郎。
日頃そんな汚い言葉は使わないのだが、今日ばかりは並べてみたくなる。
僕は大股で数学科準備室へ向かい、右側の扉の前に立った。
中から物音が聞こえてくる。伊東先生はこの中で間違いないだろう。
的場さんの、下腹部痛。
この人、的場さん相手に “最後まで” やったのだ。
嫌がる相手に、“最後まで”。
教師としてどころか…人として許されない。
僕はノックもせずに勢いよく扉を開けた。
伊東先生は驚いた表情で振り向いて、いつものように声を掛けて来た。
「どうした? ノックもせずに」
「どうもこうもありません」
僕は座っている伊東先生の元へ近寄り、ネクタイを引っ張った。
「…何だよ」
「こちらのセリフです。的場さんに何をしたか、今ここで赤裸々に話してもらいましょうか」
「…的場? 誰のこと」
「とぼけないでください。貴方が襲った、空手部の1年生です」
「…………青見が連れて来た子か。…つか、何でお前知っていんの?」
伊東先生は相手の子の名前も知らないまま、行為を行っていたのか…。
困惑したような伊東先生の表情に益々怒りが湧いてくる。何で貴方が困惑しているのでしょうね。
「空手部1年生、的場有紗さん。知りませんでしたか? まぁ無理も無いですよね。1年生と関りがありませんからね。この際、教えてあげましょうね。……藤原さんの大親友ですよ」
「……………え」
「的場さんと藤原さんがお友達でなければ、今回の件は僕の耳に入ってこなかったでしょう」
「………」
目を見開いて頭を抱えた。
この人、藤原さんに付きまとったり好きだと伝えたりしていたけれど、裏ではこのザマだ。
所詮その程度の人間。
「伊東先生…有り得ませんよ、本当に。それは相手が生徒だからとかじゃないです。嫌がる女性に無理矢理迫る何て、人間のやることではないです。ましてや、“最後まで” したのでしょう。的場さん、下腹部が痛いと言って倒れていました。」
思わず怒りで手が震える。
藤原さんの親友ということもあるが、それ以上に生徒相手にそんなことをする人間を許すことはできない。
「……そこまでして得た快感は最高でしたか?」
伊東先生のネクタイを再度引っ張って手を離す。相変わらず目を見開いたままで、何も言わない。
いつもの威勢の良さはどこに行ったのだろうか。
「…さて、お聞きしましょうか。経緯を」
伊東先生は目を伏せて深呼吸をする。
そして、小さく言葉を発した。
「今回の子は、6人目だ」
「……はい?」
「3年の青見。空手部で、全国大会に出るほどの腕前。おまけにイケメンで、女の子はホイホイ寄ってくるような男。あいつ、来月に高校最後の全国大会に出場するんだ。それで4月からずっと、そこを目標に練習してきた。それはお前も知っているだろう」
「……」
「俺、空手部の顧問をしていないけど。青見がどうしても俺に空手を教わりたいと、土下座までしてきたんだ。全国大会で良い成績を残したいので、どうかお願いします。って。その時青見が言ったんだ。『お礼に俺の彼女とヤラせてあげます』って。そしてその後、本当に1人目を連れてきた」
青見くんも引くほど最低な人だ。
自分が良い思いをする代わりに、彼女を『売る』ということだ。
「俺も最初はダメだと思ったんだ。だけど、1人目の子は俺のファンクラブの会員でもあった。それで…逆に喜んでしまって…。それが最初。その子は青見よりも俺が良いとアプローチをし始めて…青見と別れたんだ。そして青見はすぐ次に寄ってきた子を彼女にした。しばらく経ったらまた俺のところへ連れてきた。そして別れる。それの繰り返しだった。ただ、途中からは彼女ではなくて “セフレ” になったかな。青見、夏休み中に付き合い始めた子に意外とハマってしまって。だから、そこからは彼女では無かったはずだ。…今回の子が彼女なのかセフレなのか、俺には分からないけれど」
目眩がしてきた。この人は女の子たちの気持ちを何だと思っているのか。
「そんなの、人間のすることではありません」
「俺もそう思っていたけど、その後に連れてくる子も俺を受け入れてくれる上に他の人には言わないと言っていたんだ。だから俺、良い気になっていた」
「過去の子はそうだったかもしれません。けれど、的場さんは抵抗したと言っていました。それでも力で押さえつけたのでしょう。嫌がっていると分かりませんでしたか?」
「いや…。最初は嫌って言っていても良くなるかもしれないし。最後まで抵抗していて、他の子よりも力が強かったけど…俺も止められなかった」
何だ、この人。
…あぁ、もう限界だ。
ここまで怒りを覚えることも無い。
「そうですか。良く分かりました。もう貴方と話すことは何もありません」
怒りで全身が震えて止まらない。
殴り掛かりたい気持ちもあるが、ここで手を出すと僕が不利になる。
飛んでいきそうな理性を必死に保ち、適切な言葉を探した。
「…次の就職先、探しといた方が良いですよ」
そう言うと、伊東先生は焦って立ち上がった。
「ま、待てよ! 上に報告するつもり?」
「当たり前でしょう。貴方も、青見くんも」
僕はそう言って数学補習室の扉を開けた。
「ちょっと待てよ! 俺、この仕事が好きなんだよ…」
伊東先生は脱力して床に座り込んだが、僕は無視して部屋を出た。