青春は、数学に染まる。
最終話 先生と生徒
放課後
有紗と伊東の件から数週間が経った。
学年末テストも終わり、開放感で満たされている。
数学は28点だった。先生には29点は取れるでしょうと言われていたが、まさかの28点。
でももう驚かない。
因みに数学以外のテストは変わらず90点以上だった。
お父さんとの約束も守れている。
「藤原さん、今少し良い?」
「…神崎くん…」
放課後の教室。
鞄に荷物を入れていると、神崎くんが話しかけてきた。
そう言えば、忘れていた。
色々なことがありすぎて神崎くんのことなんてすっかり忘れていた。
「藤原さん。これ…ライブのチケットなんだけど」
そう言いながら神崎くんはチケットを2枚手渡してきた。
「ライブは3月の第3土曜日なんだ。俺さ、藤原さんの為に弾くから。絶対聞きに来てよね」
「…う、うーん…」
「あと、この前の人…本当にお兄さんなの?」
「え?」
この前の人、この前の人…。…記憶を巡らせる。
…そうだ。私、変装した早川先生のこと「兄」だと言ったんだった…!
「あ、あぁ。あの時の。そうだよ、兄だよ。何で疑うのさ」
「いや…兄妹にしては似てないから」
「良く言われる。けれど別におかしいことでは無いよ」
嘘を平然と話せる自分に驚きつつ、私は少し離れたところで様子を伺っている有紗にアイコンタクトを送る。
有紗は小さく頷いて近付いてきた。
「真帆~! お待たせ、帰ろう!」
「あ、有紗! 帰ろう」
有紗が近付いてくると、神崎くんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「あれ? 神崎じゃーん。あのさ、私と真帆は帰るから、神崎も早く部活行ったらどう?」
「的場さんに言われなくても行くわ!! …と、とにかく藤原さん! ライブ、待っているから。絶対来てね」
神崎くんは置いていた鞄とベースを持って教室から出て行った。
「ホント…懲りないね」
「うん…」
渡されたチケットに目をやる。
早川先生の顔が頭を過った。
「それ、どうするの?」
「これから考えるよ。…はぁ、有紗。帰ろうか」
「うん。ちょっとさ、少しカフェ寄ろうよ」
「いいね、行こう」
考査期間も終わり部活も再開したのだが、有紗は部活に行かなくなった。
このまま退部届を提出して、4月から小学校の頃に通っていた空手道場に通うらしい。
有紗が空手部を辞める必要なんてないと思っていたが、どうも居づらいらしい。青見先輩と有紗は部内でも目立っていたらしいから、余計に。
私は有紗の話を早川先生にメッセージで報告した。
先生は、『藤原さんが赤点でも補習はしませんから。1年生でいる間の放課後は、的場さんと過ごしてください』と返事をくれた。
先生の優しさが本当に嬉しい。
会えないのは寂しいが、これもお互いのため。そして有紗のため。
4月からの補習再開を楽しみに、今を楽しむことにした。
…というか。
私、いつの間にか補習が…楽しみになっていたんだ。
「真帆? どうした?」
「ううん、何でもない」
神崎くんから貰ったチケットは鞄の中に仕舞って、教室から出た。