青春は、数学に染まる。
ライバル
今日は神崎くんのライブが行われる日。
有紗と駅前のライブハウスに来ていた。
到着したライブハウスの前には看板が立ててある。
『県立桜川高等学校 軽音部 定期公演』
「来ちゃったね…」
「うん…」
ライブハウスの中にぞろぞろと人が入って行く。
殆どがうちの学校の生徒だが、中には他校生もいるみたい。
「私、後ろで良い」
「そうね。最後、ギリギリに入場しようか」
見たことのある人も中に入って行く。
あれだ、神崎くんの取り巻き。
「…過去の選択1つで、未来って大きく変わるよね」
「どういうこと?」
「補習の時、私が神崎くんに話しかけなかったら。今ここにいないと思う」
「真帆から話しかけたの…」
「赤点なのに理解力が凄すぎてビックリしちゃって。つい」
早川先生にしてもそう。
私が数学苦手で無ければ、付き合うことにならなかったと思う。
伊東も、そう。
「数学はまぁ…昔から苦手だったけど」
「え、何の話?」
「いや! こっちの話。そろそろ、入る?」
「そうしようか」
人の波が途切れてきた。
私と有紗はライブハウスの中へと入って行った。
オールスタンディングの会場には、既に人がいっぱいに入っていた。
私たちは出入り口付近を陣取る。
「見えないくらいが丁度いい」
「声だけ聞いとこうか」
ライブが始まると、会場のライトは落とされた。
「皆さん、ようこそ。桜川高校の軽音部です! 今日は定期公演に起こし頂き、誠にありがとうございます!!」
ジャーンとギターがかき鳴らされる。
「皆さんの心に残る演奏をしますので、是非楽しんで行って下さい!!」
そう叫ぶと演奏が始まった。
ギター、ドラム、ベース、キーボードの音が合わさり、鳥肌が立つ。
歌は神崎くんが歌っているようだ。ボーカル兼ベースってことかな。
しかし…上手い。
演奏している様子は見えないけれど。素人の私が聞いても鳥肌が立って体がゾクゾクする。定期公演をするだけあるな…と納得した。
有紗もニコニコしており、興奮しているような様子が見られる。
お互いそこまで乗り気ではなかったけど、結果的に良かったかな。
「皆さん、楽しんでいますかー!」
キャーっと女子の甲高い悲鳴が上がる。
神崎くん!! と叫ぶ女子もいて、改めて神崎くんの人気ぶりに驚いた。
「神崎、やってんな」
「……うん」
「いつも、応援ありがとう。僕らを応援してくれるファンの皆さんと…僕が出会った、心から大好きな人。2つの特別な人たちに、この歌を送ります…」
「…ん?」
心から大好きな人って誰よー! と観客から声が跳ぶ。
神崎くんは変わらぬ声のトーンで言った。
「僕が片思いをしている相手です。僕に興味が無いみたいですが、僕は貴女のこと、本気で好きです。今日、この気持ちを歌で…届けたい…」
黄色い歓声と不満に近い歓声が入り混じる。
誰のこと!? 私!? と色々な女子の声が上がる。
軽音部はそんな声をスルーして、演奏を始めた。
「いや、本当にやってんなアイツ!!! 出るよ」
脳がフリーズした。
え、それって。私の事? あれ? 自意識過剰かな?
「ほら、真帆!!!」
固まった私の腕を引っ張って、有紗は外に連れ出してくれた。