気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
「駒井さんも常連みたいだけど、居合わせるのは初めてだな」
「そうですね。私は二年程通ってますけど、月に二回か三回くらいしか来ないので、常連とは言えないかもしれません」
「いやマスターに顔を覚えて貰っているんだから十分常連だ」
「そう思って貰えてるなら嬉しいです」
 好きな店から常連認定は、ウエルカムされているようでなんだか気分がいい。
 颯斗は食事もご馳走としてくれるとのことで、いくらとホタテのちらし寿司や、牛タンの炙りなどお薦めのものを何点か頼んでくれた。
「美味しい! 牛タンは初めて注文したけど、リピート確定です」
 肉を噛んだ瞬間目を丸くし感動する咲良に、颯斗は楽しそうに頬を緩める。
「今、お代わりしてもいいぞ」
 本当にお代わりを頼まれてしまう。
 ドリンクがなくれば、すぐに新しいものをオーダーするなど、他にもあれこれ世話を焼かれる状況に咲良は戸惑うが、せっかくだからこの幸せな時間をたのしもうと、おしゃべりに興じる。
 少しずつアルコールが回るのに比例して、彼への緊張や遠慮が解けていった。
「こういったバーって私にとっては敷居が高くて入り辛いんです。だから居心地がよいこのお店は貴重です。でも渡会さんは顔が広そうだからいろんなお店を知ってるんじゃないですか?」
「いや。どんなに刺激的な経験をしても結局落ち着くころに戻って来る」
「刺激的な経験?」
「あ、そこ気になった?」
 つい聞き返してしまうと、颯斗がいたずらっぽく笑った。気になるに決まっているので咲良は頷く。
 ところが水を差すようにカウンターに置いて有った颯斗の携帯が振動した。
 彼はすぐに画面をタップして確認したが通話はしなかった。メッセージなのだろうか。
(もしかしてさっきの彼女からなのかな)
 盛り上がっていた気持ちがクールダウンする。久々に感じたときめきと楽しさに浮かれ過ぎていたかもしれない。
 颯斗が返信をしたかは分からないが、すぐにスマホをスーツのポケットにしまい、咲良に目を向けた。やや気まずそうな表情だ。
(そろそろ帰らないと駄目なのかな?)
 彼女から帰宅を急かされる連絡だったのかもしれない。
 想像力豊かにあれこれ考えてみたものの、颯斗に帰宅する素振りは見られない。
「あの、時間は大丈夫なんですか?」
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