気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 相対的に五葉家の影響力が下がるのだ。
 颯斗は起業したときからこの日を目指して突き進んでいたと咲良に語った。
 株式上場は容易いことではない。厳しい条件や審査があり、準備期間も数年かかる。
 ようやく公表出来るところまで準備が進み、これから一年間はゴールに向かっていく。
 困難もきっとある。それでも咲良は夫と彼が大切にしてるワタライワークスを支えていきたいと思った。

 一月中旬。定時で仕事を終えた颯斗と咲良は、オフィスビルの他階にある法律事務所に足を運んだ。
 通された会議室は大きなテーブルがこの字型に配置され、ふたりの先客が座っていた。
[賀来64] 左側から五葉瀬奈、咲良が知らない中年男性。しかし状況から彼が五葉瀬奈の父親だろうと察した。
 瀬奈は憎々し気に咲良を睨む。
 険悪な空気が流れる中、会議室の扉が開き、弁護士ふたりが入室した。
 これから行うのは、咲良と瀬奈の示談だ。
 瀬奈を名誉棄損で訴えるだけで証拠は全て抑えている。だからこそ彼女をこの場に呼びだすことが出来た訳だけれど、反省は全くしていないように見える。
 ただ訴えられるのが嫌で来ただけで、自分が悪いとは少しも思っていないのだろう。
 呆れてしまうが、彼女らしいとも思う。
 瀬奈の父親からは怒りを感じないが、うんざりしているのは伝わってくる。
「話し合いは必要ない。娘の行いに対する慰謝料は争わずに払うつもりだ。時間を無駄にせず早く進めてくれ」
「お父さん、私は何も悪くないのにどうして!」
 投げやりな父親の言葉に反応したのは張本人の瀬奈だった。咲良に対して慰謝料を払うことがどうしても納得いかないのだろう。
「悪いのはあの女の方なのよ! 後から現れて私から颯斗さんを奪ったんだから!」
「瀬奈、いいから黙ってくれ」
「嫌よ! お父さんだって言ってたでしょう? 私が颯斗さんと結婚すればいいって。それなのにどうしてこんな庶民の女に譲らないといけないの?」
「はあ」
 颯斗が低い溜息を吐いた。彼の強い怒りが伝わったのか、室内がぴたりと静まり返る。
「は、颯斗さん」
 瀬奈がすがるような目を颯斗に向ける。
「瀬奈さん、嫌々謝って貰うつもりはない。気持ちが伴っていない謝罪なんて無意味だからな。ただ咲良を傷つけて平然としているような相手は俺が絶対に許さない。徹底的に戦うから覚悟するんだな」
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