気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
「もちろん私は証拠もないのに社員を処罰するのは許されないと反対している。だが、駒井君自身はどうだ? この先副社長の下で働くことが出来ると思うか?」
「それは……」
 咲良は何かを訴えるような人事部長の眼差しから目を逸らして俯いた。
 彼は咲良に同情しているけれど、退職した方がいいと考えているのだ。
(そうだよね……こんなこと普通ならあり得ないもの)
 恐らく咲良が犯人だという証拠は出て来ない。副社長には咲良のパソコンに偽の履歴を細工をして犯人に仕立てるスキルなんてないからだ。
 それでもこの先、咲良への疑いは晴れないだろう。
 あまり時間をかけず社内に噂が周り、疑惑の目を向けられるかもしれない。
 中には真実に気付いてくれる人もいるだろうが、副社長の前で声を上げるのは無理だ。
(私の味方をしてくれる人はいない)
 孤立して辛い思いを耐えてまで、金洞商会で働きたいかと聞かれたら頷けない。
 好きな秘書の仕事を外されて白い目で見られてまでしがみつきたいとは思わない。
 それでも会社を辞めるのは咲良にとって簡単に決断出来ることではない。
「……少し考させてください」
 人事部長にそう答えるので精一杯だった。
 
 その後秘書室に戻るとすぐに室長に呼びだされ、副社長付きを外すと告げられた。
 副社長には当面室長が付き、咲良は他の秘書のフォローをするように指示された。
 美貴が心配そうに見ていることに気付いたけれど、誰かと話をする気になれない。室長に指示された仕事を淡々とこなし、定時になるとすぐにオフィスを出た。
 早く帰宅して、今後の身の振り方についてゆっくり考えを纏めるたい。
 部屋に帰り鍵を閉める。小さなソファにどさりと崩れ落ちると、強い感情がこみ上げて来た。
 悔しくて悲しい。自分は間違ったことをしていないのに、居場所を奪われる理不尽さに、気持ちが収まらない。
 精一杯働いてきたつもりだけれど、副社長にもその気持ちは届いていなかった。だから簡単に切り捨てられてた。
 ジワリと涙が滲み、咲良は両手で顔を覆った。
(私は会社で必要とされてない……もう辞めちゃおうかな)
 悔しいけれど抵抗するほど、自分が辛くなるだけだ。
 それに、もし疑いが晴れたとしても、もう自分の居場所だとは思えない。それくらい今回の件は傷ついた。
 とは言え、現実的に転職すると考えると不安になる。
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