気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
家賃などの固定出費があるから、じっくり転職活動をする余裕がないし、 利息が勿体ないと奨学金の一括返済をしたところで貯金が減っているのも痛い。
(こんなとき帰ることが出来る実家が有ったらよかったんだけど)
 咲良の生家は東京から電車で二時間程の千葉の外れにある。
 都心に通勤出来ないことはないが、実家には先日結婚したばかりの兄夫婦が同居しているため、咲良が返ったら迷惑をかけてしまう。
 両親は父が転職を繰り返す人で老後の蓄えに不安があるくらいなので、経済的に助けて貰うのも絶対無理。
 誰かを当てにせず、自分でなんとかするしかないのだ。
(よし、落ち込んでないで頑張らなくちゃ)
 咲良はノートパソコンを開く。
 転職ばかりで家族に散々心配をかけた父に不満を持っていた反動か、自分は就職したら絶対に一つの会社で真面目に働き通すと決めていた。
 だから転職に関する知識はほとんどなく、一から知識を得なくてはならない。
 それから数日。
 情報流出事件については調査が続いているが、決定的な証拠は出て来ないままだ。
 ただ副社長の態度は変わらないので、殆どの人が咲良と関わるのを避けるようになっていた。 
 一部の気遣ってくれる人たちに居心地の悪い会社になんとか通いながら情報収集を続け、様々な体験談なども読んだ。
 再就職までの手当なども確認をした。転職経験がある友人に電話をして話を聞いた。
(なんとかなりそうな気がして来た)
 世の中には金洞商会よりも素晴らしい会社がきっとある。
 やる気を持って働ける会社を自分から選んでいこう。
 咲良は段々と前向きな気持ちを取り戻し、転職を決意したのだった。

 月曜日。咲良は上司に退職の意志を伝えた。
 もちろん引き留められることはなく、退職願いは受領された。
 特殊な事情を考慮し、引継ぎは最低限で済ませ、六月末日に退職するまで有給休暇を消化してもいいことになった。
 この数日間苦しかったけれど、ひとつの区切りがついた気がする。
 ほっとしていると、美貴にランチに誘われた。

 会社の人と会わないようにと、美貴が気を遣って選んで店は、昔ながらの喫茶店で咲良は初めて訪れる店だ。
 落ち着いた雰囲気で込み入った話がしやすいと感じる。注文を済ませると美貴が心配おうな表情で切り出した。
「咲良ちゃん、辞めるって本当なの?」
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