気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
「私も。本音で話せるのは咲良ちゃんだけだった。副社長担当になっても嘆いてばかりいないで頑張る姿を尊敬していた。仕事を辞めてもときどきは会いましょうね」
「美貴さん……はい、是非」
 金洞商会では沢山の出来事があり、その大半は金洞副社長との嫌な思い出で、最悪と言える出来事で終わった。
 でも美貴と出会えたことは本当によかったと思った。
 咲良は、自分の退職を唯一悲しんでくれた先輩に、心から感謝を感じていた。

 六月下旬から有給消化に入った咲良は、転職活動を開始した。
 しかし、予想していたよりも苦戦していた。
 役員秘書の求人は数が少ない割に志望者が多く、なかなか競合に勝ち抜けない。
 更に悪いことに、副社長が咲良の悪口を付き合いのある経営者に漏らしているらしい。美貴が教えてくれた情報に初めはまさかと思ったが、実際副社長と関わりがあった会社の求人は、エントリーをしても全て書類選考で跳ねられる。
 副社長の言葉を信じたのかは分からないが、面倒事に巻き込まれないように、避けられているのかもしれない。咲良は絶望的な気持ちになった。
[賀来21](このまま仕事が決まらなかったらどうしよう……福社長はそこまでして私に消えて欲しいのかな)
 余りにやりきれなくて、ひとりで居るのが辛い。久し振りに霽月に向かった。
 今夜は何も考えず美味しいお酒を飲んで嫌なことを忘れてしまいたい気分だ。
 そうしなければ、この塞いだ気持ちを立て直せない。
 霽月のドアを開くと「いらっしゃいませ」とマスターが迎えてくれた。
「駒井さん、お疲れのようですね」
 柔和な笑顔のマスターにほっとした気分になりながら、お気に入りのカウンターの左端を示され席に着く。
「最近はいろいろ忙しくて。でも今日はゆっくりしていきますね。ええと、ペリーニをお願いします」
 以前、颯斗が咲良の為に頼んでくれたカクテルだ。
 彼との出来事はもう心に仕舞いこんだけれど、あちらこちらで名残がある。
 カウンターに、淡い桃色のカクテルがそっと置かれる。
「今日はよいカツオが入ったんですよ」
「本当ですか? それじゃあカツオのおつまみをいくつかお願いします」
 元料理人のマスターのおつまみは外れがないから、勧められると必ず頼んでいる。
 料理を待っている間ゆっくりとペリーニを味わい、ほっと一息ついた。
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