気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 がははと下品に大きな口を開けて笑う副社長の姿に、咲良は心の中で溜息を吐いた。
 それから一時間後。無事会食が終了し、金洞副社長と並んで原田部長を見送った。
 ずっと気を張っていた咲良は、ようやく肩の力を抜く。
(今日は何事もなくてよかった。HARADA側の反応も悪くなかったみたいだし、会食は成功かな。この後はすぐに帰社して……)
「それじゃあ、私はこのまま行くとするか。駒井くんは真っ直ぐ会社に戻りなさい」
 咲良がこの後の段取りを頭の中で思い浮かべていると、金洞副社長が予想外の発言をした。
「え? ……あのっ、副社長、どこに行かれるのでしょうか?」
 状況が理解出来ず慌てる咲良に、金洞副社長が煩わしそうに顔をしかめる。
「三鷹先生の個展に行くんだ。招待されていると前から言ってただろう?」
「いえ、初めて聞きますし、この後は役員会議などスケジュールが詰まっていますので個展に行くのは無理だと思いますが」
 午後三時からは役員会議。終了後は営業部長と打合せ。今日は忙しくその後も相手いる時間はない。
「ごちゃごちゃ言うな! 予定は変えられない。人脈をつくるのも大事な仕事だからな。だいたい個展の話は前からしていた。勝手に予定を入れた駒井君が悪いんじゃないか!」
「……私が悪い?」
 信じられない言葉に唖然としてしまう。
「そうだ。駒井君のミスだ。だから会議は代理を立てるなりなんとかしておくように」
 副社長はまだまだ文句を言いたそうな様子だったが、時間が迫っているのだろう。
 腕時計に目を遣ると慌てた様子でその場から去ってしまった。
「副社長? 待ってください!」
 呼びかけた声は無視され、残された咲良は茫然と佇むばかり。
(……嘘でしょう?)
 副社長の立場にある者が大切な会議を放って個展に行ってしまうなんて。
「どうしよう……」
 金洞副社長の姿は人波に紛れてもう見えなくなってしまった。しばらく体が動かなかったが、いつまでもショックを受けてはいられない。
 すぐに帰社して、副社長が欠席すると連絡しなくては。
 きっと多くの人に迷惑をかけて不愉快にさせてしまうだろう。秘書として副社長を止められなかった責任を追及される可能性だってある。
 想像すると、胃が痛くなる。
 咲良の方が現実逃避して消えてしまいたいくらいだ。
 けれどそんな無責任なことが出来るはずがなく、咲良は気力を振り絞り駅に足を向かったのだった。
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