気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
「ああ。物心ついた頃からの腐れ縁だ。今は仕事でも関わりがある」
「そんな前からの……私には幼馴染がいないから羨ましいですね」
 咲良は父が転職を繰り返した為、高校に入学する前は何度も転居と転校を経験した。
 初めは手紙の交換をしていた相手とも、何度も住所変更をするうちに疎遠になり、
 気付けば関係が途絶えてしまったのだ。
「気さくな奴だから咲良もすぐに仲良くなれると思う。仕事が落ち着いたら会う機会をつくるよ」
「楽しみにしてます。あの、仕事と言えば、私が颯斗さんの妻だって公表しちゃって本当に大丈夫ですか?」
 中途入社の社員が社長の妻だなんて、同僚たちがやり辛くならないだろうか。
 あまり関わりがない部署の社員でも、咲良が渡会姓を名乗っていたら、察しがつくはず。
「仕事時は旧姓の駒井を使用した方がいいのでは?」
 咲良としてもその方が新たな同僚たちとコミュニケーションが取りやすいと思う。
「駄目だ。ちゃんと渡会咲良として入社してくれ」
 一切の迷いがない返事だった。
「手続上問題があるんですか?」
「それはないが、旧姓では咲良が俺の妻だって分かり辛くなるだろう。しっかり周知しておかないと、勘違いした男が近づきでもしたら困るからな」
「えっ? それは絶対にないですよ」
 突拍子もない颯斗の発言に、咲良は一瞬ポカンとしてから噴き出した。
 一体何の心配をしているというのだろうか。
(しかも勘違いした男って! 自分の会社の社員なのに)
 先日、寛ぎながら他愛ない話をしているとき、優秀な社員が集まってくれて感謝していると、嬉しそうに語っていたのに。手のひら返しの発言に笑ってしまった。
(冗談で言ってるのは分かってるけど)
 咲良は笑いを引っ込めて、颯斗を見つめる。
「そんな心配はしなくて大丈夫です。金洞商会で働いているときだって誰からも声がからなかったんですよ」
 余計な心配はして欲しくなくてそう伝えたが、颯斗は眉間にシワを寄せた渋い表情で首を振る。
「咲良の近くに金洞さんが居たからだろう?」
「それはあるかもしれませんけど、私自身目立たない方ですからね」
「咲良は自分を分かっていないみたいだな。とにかく堂々と渡会姓を名乗って欲しい」
「そう言うなら……颯斗さん意外と心配性なんですね」
「妻に関してだけだ」
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