気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
「さあ、ほぼ全員じゃないか?」
「えっ? ワタライワークスって百人近くいますよね?」
 企業四年で社員数百人越えと、中途採用説明会で聞いた覚えがある。
 それなのに全員とは、いったいどういうことなのか。
「うちの会社は風通しがいいんだ。情報は迅速に伝達する」
「そんなプライベートな話まで……」
 覚悟はしていたものの、いきなり注目されていそうで怖い。
 戦々恐々になる咲良に、颯斗は苦笑いだ。
「大丈夫。ただの新入りとして忖度なく指導してくれと言ってあるから」
「それならいいんですけど」
 しかしそれはあくまで表向きの話ではないだろうか。
(金洞商会のときは役員は絶対権力者だったけどな)
 社長夫人が来社したときは、皆神経を張り詰め対応したものだ。
「咲良、行くぞ」
 颯斗に促されて駐車場に向かう。彼は車通勤をしており、同じ家から通う咲良も彼がいるときは、自動的に車通勤になるのだ。
 初日から遅刻してはしゃれにならない。咲良は急ぎ助手席に乗り込んだのだった。

 ワタライワークスは、赤坂エリアに立つ複合オフィスビルの東館十階部分を賃貸契約している。
 これからの成長を見込んで選んだそうで、社員数百名に対しては広すぎるスペースだ。
 メインフロアには、開発部と営業部門に所属する人々の席がある。
 中途採用説明会の時にさらりと見学はしたものの、改めて最新式のオフィスの素晴らしさに咲良は唸った。
 グレーのフロアマットが敷かれたフロアは高級感があり、フロア中央にはハニカム構造の木目調のデスクが置かれている。窓際にはカウンター型のデスクがあり、奥にはまるでカフェのようなソファスペースがある。リラックス効果を狙っているのか、観葉植物があちこちに配置されていて咲良が持つオフィスのイメージとは大違いだ。
 その最新オフィスの中央に立ち、咲良は緊張しながら自己紹介をしなくてはならない。
「渡会咲良と申します。前職は菓子メーカーの金洞商会で役員秘書を務めていました。他業種への転職になりまだ分からないことばかりですが、一日も早く戦力になれるように精一杯頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします」
 心臓が口から飛び出しそうな緊張に耐えながら、深々と頭を下げた。
 月に一度の全体ミーティングでの中でのことで、社員の八割程度が参加しているのだとか。
(うう、新人の頃より緊張するかも)
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