気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 IT企業やベンチャー企業はとにかく多忙な印象があったが、ワタライワークスは社員がリラックス出来るような設備を積極的に取り入れている。
 適度に休憩を取り余裕をもって仕事をしているように見えるが、その方が生産性が高まり結果として成果が上がるのだとか。
 咲良たちはコーヒーを淹れてから、一番奥の席に着いた。
「これ開発担当から預かって来ました」
「ああ、開発に置き忘れていたのか。探してんたんだ」
 ペンを差し出すと颯斗は嬉しそうに受け取った。
「捜してたんですね。すぐに持って来てよかったです」
「助かるよ」
 颯斗はリラックスした様子でカップを口に運ぶ。
 その所作はオフィスで仕事中とは思えない程優雅だ。
 彼を見ていると何気ないところにこそ、育ちの良さが現れるのだと感じる。
 それは羽菜にも言えることで、気さくで朗らかな彼女から急に高貴な雰囲気を感じるときがあり咲良は少し戸惑うことがある。
 そんなことを考えていたが、颯斗の声で仕事モードに戻る。
「明日の午後はHARADAとの会食が入ってたよな」
「はい。会食は十八時から、場所は青山のフレンチレストランで変更はありません。先方にスケジュール変更なしと確認済です」
「へえ、フレンチになったのか」
「はい。HARADAの部長は明らかに和食よりも洋食好きです。同行する部下の方の好みは分からないので、プリフィックススタイルのコースがあり評判がよいお店を選びました」
 今回は具体的な商談という訳ではないので、ノートパソコンを開いて説明、なんて展開はないはずだから、料理や雰囲気を重視した。
「そんなことよく知っていたな」
 意外そうにする颯斗に、咲良は一旦近くに人がいないことを確認してからひそめた声で返事をする。
「言いそびれていたんですけど、金洞商会のときにHARADAの接待をしたことがあるんです」
「……それは知らなかった。金洞商会とHARADAは取引関係ではなかったと思ったが」
「合意出来なかったみたいなので」
 こそっと伝えると、颯斗は複雑そうな顔になったが特に何も言わなかった。
「HARADAとの会食終了予定時間は?」
「二十時の予定ですが、多少の融通は利くようになってます」
「分かった。咲良の明日の予定は? 何もないなら会食の後に落ち合いたい」
「私? ……プライベートでってことですか?」
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