気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 咲良が瞬きしながら問うと、颯斗は「そう」と頷く。
「私は仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰るつもりでした」
 夕食もひとりだから手抜きをして、帰宅途中にパンでも買おうかと思っていた。
「それなら自宅で待っていてくれ。以前話したと思うが幼馴染に咲良を紹介したい」
「ああ、颯斗さんと家族のように育ったって言う。分かりました、用意しておきますね」
 咲良が快く了承したからか、颯斗はほっとしたように笑う。
「急で悪いな」
「大丈夫です。私も颯斗さんの幼馴染に会ってみたかったので」
「ありがとう。それじゃあそろそろ仕事に戻るか」
「はい」
 颯斗と共に席を立つ。カップを片付けてそれぞれの仕事に戻った。

 午後六時に仕事を終えた咲良は、パソコンの電源を落として席を立った。
 颯斗は自席で他の役員と予定外の打合せ中だ。咲良は残らなくていいとのことなので、先に帰宅して夕食を準備するつもりでいる。
(今日は早く終わったから、買い物をして帰ろうかな)
 地下鉄に乗ると寂しい冷蔵庫を思い出しながら買い物メモを作る。
 最寄りの駅近くのスーパーでゆっくり買い物をしてから、なだらかな坂道を上り、自宅マンションに向かった。
 夏が終わりかけて段々夜が早くなっている。
 だから前方から近付いて来る人物の顔もよく見えず気付くのが遅れてしまった。
「金洞副社長……」
 突然目の前に現れたかつての上司は、咲良は驚き歩みを止めた。
 彼と顔を合わすのは、情報漏洩の件で責められた時以来だ。
「……ご無沙汰しております」
 冤罪だと証明されたし、今更恨んではいないが、不快ではある。
 とはいえ目が合ってしまった以上、無視はできない。
 軽く頭を下げると、金洞副社長は顔をくしゃりとしかめた。
 これは彼が怒りを爆発させる前兆だ。
 嫌な予感がこみ上げ、背筋に寒気が這いあがる。
 同時に怒鳴り声が響き渡った。
「ご無沙汰だと? お前のせいで俺はとんでもない目に有ったって言うのに、なんだその言い方は!」
「お、落ち着いてください」
 すっかり興奮状態の金洞副社長に、咲良は恐怖を感じた。口から鍔が飛ぶほどの怒りようは、普通ではない。
 身の危険を感じる程だったが、不運なことに通りがかりの人の姿もなく、薄暗い道の真ん中で咲良と副社長のふたりきりだ。
(どうしよう……)
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