気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 恐怖から自然と後ずさりすると、副社長も距離をつめてくる。
「お前がやったんだろう? 汚い手を使って俺を陥れて、恨みを晴らしたつもりか!」
 副社長は喚ていりるのではっきり言葉が聞き取れないが、副社長の任を解任された件で激怒しているのだと察した。
「俺は何もかも失ったんだ。それなのにお前はなんで幸せそうにしてるんだ!」
 立場を失ったのは本当だが、完全な逆恨みだ。陥れられたのは咲良の方だというのに。
 じりっと副社長が距離を縮めて来る。
「わ、私にどうしろと言うんですか?」
 彼がここに来たのは、おそらく咲良が目的だろう。
 文句を言いたいのか、それとも慰謝料でも要求すつるもりなのか。
「どうしろ? お前も不幸の道連れにしてやる!」
 副社長の目に狂気が宿る。咲良は本能的な恐怖を感じて、その場から駆け出した。
(早く……早くエントランスまで!)
 自宅マンションはセキュリティが万全だ。
 中に入ってしまいさえすれば、副社長が喚いても咲良に手を出せないはず。
 必死に足を動かして駆ける。エントランスはもうそこなのに恐怖で足が震えているのかもつれてしまう。
 副社長がいくら足が遅くても追い付かれてしまいそうだ。心臓がバクバク音を立てて苦しくて仕方ない。
(あと少し……)
 そう思って油断したからだろうか。何かに躓き咲良の体は地面に放り出された。
「きゃあ!」
 派手に転び強かに体を打つ。
「うっ……」
 息が詰まってすぐに立ち上がれないでいると、足音が近づいて来てすぐ側でぴたりと止まった。
「面倒かけやがって」
 恨みの籠った声が頭上から聞こえて来る。
 心臓が凍り付きそうな恐怖に目を見開いたのと同時に、ぐいっと容赦ない力で髪を引っ張られた。
 顔をしかめる咲良の前で、副社長はポケットからきらりと光るものを取り出した。
(ナイフ?)
 信じられない現実に、咲良の体がガタガタ震える。
 必死に逃げようとするが、力に差があり過ぎて叶わない。
 恨みに飲み込まれてしまったような副社長は普通ではなくて、 これからどんな目に遭うのか考えると目の前が真っ暗になる。
(颯斗さん……)
 もしかしたらもう彼に会えないのかもしれない。
(どうせ一緒にいられなくなるらな、好きだって言えばよかった)
 後悔と諦めがこみ上げて、咲良はぎゅっと目を閉じた。
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