気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 カウンターにおつまみの小鉢が出される。霽月はどちらかと言うと庶民的なバーだが、提供される和食系料理がかなり美味しい。
「わあ、嬉しい……あっ、この梅のソース美味しいです」
「梅は疲労回復効果がありますからね、駒井さんにぴったりかと。今日もいろいろあったのでしょう?」
「そうなんです。マスターにはお見通しなんですね」
 気心が知れているマスターとの和やかな会話に咲良の心が癒される。しばらくすると彼は他の客の接客をはじめた。
 咲良がのんびり鯖の梅煮を味わっていると、隣のスツールに誰かが腰を下ろす気配がした。
 何気なく目を遣った咲良は驚き口をぽかんと開けてしまった。あの素晴らしいイケメンが何故か隣に移動して来たからだ。
「さっきはありがとう、助かった。御礼に今夜は奢らせてくれないか?」
「あの、本当に大したことはしてませんから」
 過去も現在も咲良の身近には存在しなかったイケメンに話しかけられたことに動揺したせいか、たどたどしい言葉しか出て来ない。
(それにしても恋人の御礼を代わりにするなんて、責任感と気遣いがある人なんだな)
 礼儀も完璧で隙など一切無さそうに見える。
「いやそんなことはない、助かったよ……マスター、彼女にペリーニを」
 男性はスマートに合図を送り咲良のための新しいドリンクをオーダーする。
 決して押し付けがましくはないが遠慮はしない。自分に自信がなればなかなか取れない態度だと感じた。
 咲良の目の前にカクテルグラスが置かれる。マスターが作ったものだから、アルコール度数は強すぎないように調整してくれているだろう。
「ありがとうございます。遠慮なく頂きますね」
 これ以上遠慮するのは逆に失礼になる。せっかくだから味わおうと咲良はピーチジュースのような若々しいピンクのカクテルを口に運ぶ。
 見た目通りのほのかな甘味と強すぎない炭酸が広がった。
「さっぱり甘くて美味しいです」
「よかった」
 男性が嬉しそうに目を細める。整っているがゆえに冷たくも見える顔が、優しく綻ぶ様子は、咲良の胸を甘く貫いた。
(うっ……イケメンの笑顔って破壊力ある)
 考えてみたら秘書になってからと言うもの、咲良の生活は仕事中心に回っている。
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