気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
「……ううん……」
 そろそろ起きるのだろうか。見守っていると彼女の瞼が震えゆっくり開いた。
「おはよう」
 声をかけると咲良は眠そうに瞬きをしてから、嬉しそうな笑顔になった。
「颯斗さん、おはようございます」
「体調は? 眠くないか?」
 昨夜は少し無理をさせてしまったかもしれない。朝になると反省するが、抱いているときはなかなか抑えるのが難しい。自制心には自信があったはずなのに、妻の前では通用しない。
「ぐっすり眠ったから大丈夫……今、何時?」
「六時五分前だ」
「ちょっと早く起き過ぎたけど、二度寝するには遅いなあ……」
 中途半端だと残念がる咲良の体を、颯斗は腕に力を入れて抱き寄せた。
「それなら、しばらくこうしていようか」
「颯斗さんったら」
 咲良は仕方ないなとでも言うように笑いながら、颯斗を抱き返してくれる。
 朝の幸せな一時だった。

「渡会CEO、今日は咲良さん休みですか?」
 打合せ後の軽い談笑中に、部下の開発担当者がそんなことを聞いて来た。
「いや、外出中だ。顧客が忘れ物をして届けに行った」
「そうなんですね」
「先方に取りに来て貰っても良かったんだが、他にも用があるからと言っていたな……彼女に何か用があるのか?」
 最近は咲良のところに問い合わせに来る社員が明らかに増えた。秘書としての業務以外に総務や人事担当の仕事も手伝っているからだろう。
「急ぎではないんですけど、補助金の申請の件で確認したいことがあったもので」
「そうか。午後には戻ると思う」
「ではその頃訪ねてみます。ありがとうございました」
 どうやら妻は頼りにされているらしい。彼女が会社に馴染み生き生きと働いている姿を見るのは、夫として嬉しい。
 開発担当者と別れ、上機嫌で役員ブースに戻る。しばらくすると、コンコンとノックの音がした。
 心理的にもインテリア的にもオープンにしたかった為に選んだ透明のドアなため、返事をする前に、ノックをしたのが羽菜だと分かるし、目も合った。
 羽菜は明らかに浮かない表情で、颯斗は怪訝に思いながら中に入るように手招きする。
「失礼します」
 羽菜はすぐに入って来て、颯斗のデスクの前に立ちどまった。
「どうかしたのか?」
 もしかして咲良に何か有ったのだろうか。
 颯斗の問いかけに、羽菜は少し驚いた様子を見せた後、「いいえ」と首を振る。
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