気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 最も多く顔を合わせる男性がボスである金洞副社長。彼の性格はもちろん、メタボリックな体型や顔を赤くして癇癪を起す姿にときめく要素は一切ない。
 かと言って心身共にぐったりしていると、出会いを求めてどこかに出かける気力なんて残っていない。
 代わり映えのない枯れた毎日。
 そんな中、誰もが振り返りそうなイケメンに微笑まれたら、一たまりもない。
 ドクンドクンと心臓は煩く騒ぎ、顔に熱が集まってくる。
(よかった、暗くて)
 こんなあからさまな反応を見られたら恥ずかしすぎる。
 しかし彼程の男性なら、女性からの羨望の眼差しなど慣れっこかもしれない。
「今日はよいイサキが手に入ったそうだけど、頼んでみるか?」
「あ、そうですね……」
 霽月はお酒だけでなく凝った和食の評判もいい。咲良もいつも小鉢をいくつか頼み味わうのだけれど、彼も同様なのだろうか。
「あの、もしかして常連さんですか?」
「もう五年くらい通ってる。ひとりでゆっくりしたいときや、疲れたときに。俺にとって憩いの場だな」
「分かる気がします。私は落ち込んだときに癒しを求めに来ています。よい気分転換になって、帰る頃には元気になってるんですよね」
「なるほど。来るなりカウンターに突っ伏していたのは、落ち込むようなことが有ったからなんだな」
 男性がそのときの様子を思い出しているのか、くすっと笑いながら言う。
「見てたんですか? 恥ずかしいです」
 咲良は目を丸くしてから、気まずさに肩を落とした。
「悪い。見るつもりはなかったんだが、結構派手に嘆いてたから」
「嫌でも見えたってことですね。うわあ……今度から気を付けよう」
 やってしまった。もう少し回りの目を気にしなくては。
「いや、大変そうだと思っただけだから、そこまで気にしなくても、君は……そう言えば自己紹介がまだだったな。渡会隼人だ。三十三歳、IT関連の仕事をしている」
「駒井咲良、二十七歳です。食品関係の会社で秘書をしてます」
 初対面との相手の他愛ない会話から自然に名乗る。簡単そうでなかなかタイミングが掴みづらいと咲良が常々感じていることを彼はさらりとこなした。
(スマートな人だな。しかも名前までかっこよく感じる)
 ただ、どこかで聞いたことがあるような気がした。
(どこでだっけ?)
 思い出そうとしたが、続く彼の声にかき消される。
< 9 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop