気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 ところがオフィスビルを出る前に、とっくに帰った羽菜の姿が見えたような気がして、咲良は歩みを止めて立ち止まった。
 近づいて様子を窺う。思った通り観葉植物で囲まれたソファコーナーに、羽菜はいた。しかもひとりではなく、瀬奈と対峙している状況だ。
(羽菜さんが帰ったのは一時間以上前だけど、それからずっとここに居たの?)
 少し驚いた。一体何をしているのだろう。瀬奈は今日も美しく着飾っているが、顔つきは厳しく彼女の怒りが咲良にまで伝わって来た。
 それに対して羽菜は顔色が悪い。
(体調が悪そう。声をかけた方がいいのかな)
 もし瀬那に捕まって離れられない状況ならば、適当な用事をつくって引き離した方が良さそうだ。
 出来れば関わりたくないが、具合が悪そうな人を前に放っておけず静かにふたりに近付く。段々声が聞こえて来た。
「それでいつまで颯斗さんの周りをうろつく気なの?」
 瀬那の声は甲高いので離れていても聞きやすい。
「いつまでって、私はここで働いていてるのよ。仕事で関わるなんて当たり前でしょう?」
「その仕事、羽菜がやる必要あるの? 私に引き継げばいいじゃない。羽菜が出来て私が出来ないことなんてないんだから」
 第一印象の通りの傲慢な台詞が瀬那の口から飛び出す。姉に対するものとは思えない程の、きつい言葉だ。
「そんなこと出来る訳がないでしょう? それに瀬奈の入社を颯斗さんは認めない。ここは家じゃないんだから、瀬奈の我儘が通用しないの」
「は? これはお父様の指示なんだけど」
 羽菜にとっては驚きの言葉だったようで、疑いの目で瀬奈を射貫く。
「お父さんがそんな指示をする訳がないじゃない!」
「残念だけどするの。側で働いていたらお互い気を許すようになって、私たちの関係もよくなるんじゃないかって」
「何言ってるの? 颯斗さんはもう結婚しているんだよ?」
「ああ、あの元金洞商会の秘書ね。この前会ったけど大したことなかったわ。気にしなくていいんじゃない?」
(私のこと?)
 突然自分の話題になったことで咲良は驚き、咄嗟に近くの背の高い観葉植物の影に身を隠してしまった。
 その間にもふたりの会話はヒートアップしていく。
「何て失礼なことを言うの? 瀬奈、あなたはもっと他人を尊重しなさい」
 羽菜が必至に瀬奈を窘めているのが声の調子で伝わってくる。しかし瀬奈には少しも響かないようだ。
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