【2/22電子書籍発売】猫好き学者殿下の優しい略奪婚 ~なんとなくで婚約破棄された、と思ったら結婚しました。あれ? 甘々。
電子書籍発売記念SS「ボス猫ネロのバレンタイン」

 あたたかな冬の日。
 
 ローズブランシュ公爵家に住む縞模様の猫、ネロは飼い主ナーシュの膝でうとうとしながら人間たちの会話を聞いていた。
 応接室のテーブルを挟んで座っているのは、ナーシュの兄であるエドリックだ。
 
「兄上、ご覧ください。妻の手作りチョコレートです。バレンタインですから」
「ほう。夫婦仲が良くてなによりだ。どれどれ」
「差し上げるとは申していません」
「なにっ。ならば、なぜ見せた」
「妻の手作りを自慢し、独占するのは夫の権利です」

 兄弟は仲が良く、ナーシュは独占欲が強い。

「にゃあ……」 
 ――そういえば、今日はバレンタインであったのだな。
 
 ネロは日常の気配に安心しつつ、伸びをしてナーシュの膝から床へと降りた。

「おや、ネロはパトロールの時間かい」

 ナーシュの声にぴこぴこと耳を動かし、ネロは扉に向かった。使用人が開けてくれるので、ふんすふんす、のっしのっしと廊下に出ていく。
 威風堂々としたボス猫オーラを醸し出しながら向かう先は、ナーシュの妻であるローズブランシュ公爵夫人マリアンヌの部屋だった。

 * * *
 
 宝石のようなフリュイルージュ(赤い果実)を飾った菓子を楽しむ貴婦人の部屋で、ネロはどすりと腰を落ち着けて人間たちへと視線を向けた。
 
 じーっ。

 目で訴えかけると、侍女が困惑顔だ。
 
「ネロはずっと物言いたげに見ていますね、奥様。なんでしょう……なにか怒っているのでしょうか?」

 この侍女は猫の気持ちを察することができない未熟者であるな――ネロはこころの中で辛口評価をした。
 
 人間はたくさんの名前を持っている。
 ネロの飼い主ナーシュも「殿下」とか「旦那様」とか何通りもの呼ばれ方をしているのだ。ネロの知識だと「奥様」は「旦那様」と対になっている名前らしい。
 
 さて、「奥様」と呼ばれたマリアンヌは、ネロの飼い主ナーシュが溺愛する娘だ。
 軽く首を傾けた仕草にともない、ふわりと揺れたロングヘアが可憐である。ネロはいつも「よい毛並みだ」と思っている。

「お菓子が欲しいのではないかしら」

 マリアンヌは、察しがよい。ネロは「うむうむ」とうなずいた。
 その動作に「合っているみたい」と確信を強めて、マリアンヌはお菓子を手配してくれる。

 皿に置かれる猫用クッキーを見て、ネロはお気持ち表明の必要性を感じた。
 
「にゃあ」 
 この短い鳴き声に『おお、大切なことをわかってほしい、人間よ。この場で一匹で独占することを望まぬゆえ、包んでくれぬだろうか』というメッセージをぎゅっと濃縮して伝えると、侍女には伝わらなかったものの、マリアンヌは理解してくれたようだった。

「ほかの猫たちと一緒にお菓子を楽しみたいのかしら?」
  
 おお、マリアンヌ。わかってくれたのか。なるほど、ナーシュはこんな賢き性質を愛しているのかもしれぬ――ネロはマリアンヌの察しのよさに感心して喉を鳴らした。
  
「奥様、ネロが喜んでいます。正解みたいですね! すごいっ、なぜわかったのですか?」
「ふふっ、ネロは面倒見がいい子だから……」
  
 マリアンヌが小さな袋に猫用クッキーを入れ、淡いローズピンクのリボンで緩く袋をの入り口を結んでくれる。
 よかった、よかった。
 ネロは公爵夫人からいただいた猫用クッキーの袋をくわえて、仲間たちのもとへと向かった。

 * * *
 
 仲間の猫たちが憩うのは、猫用に(しつら)えられた部屋――通称『キャットキャッスル』だ。
 
 普段、ローズブランシュ公爵家の猫たちは自由気ままに敷地内で過ごしている。しかし、猫嫌いの来客中や夜間などは一つの部屋で大人しく過ごしてほしいらしく、猫たちが過ごしやすいように配慮の行き届いた部屋が設けられたのだ。

 猫専用の部屋『キャットキャッスル』のドアは、下部に猫が出入りできるような隙間がある。外に出て欲しくないときは外側から隙間が塞がれてしまうのだが、今は空いていたので、ネロは部屋の中に入った。
 
 部屋の内装は、角が丸くて衝突しても怪我をしない柔らかな壁や家具が特徴だ。
 
 猫たちが爪を研ぐための大きなキャットツリーや爪とぎ板、走り回るのに適した滑らかな素材の床。また、柔らかなクッションやふわふわのベッドが散りばめられ、猫たちが快適にくつろげるように配慮されている。
 
 長いや柔らかなねずみ型の玩具もあれば、鍋が置かれていたり、布が敷かれた木箱があったり。
 部屋の窓からは、外の景色も楽しむことができるようになっている。
 日光が心地よく差し込む場所は、仲良しの黒猫のシャルロットとよくくっついて日向ぼっこをしている――ネロのお気に入りのデートスポットのひとつだ。
 
「にゃー」
 ――よし。みんな、揃っているな。
  
 この家に住む猫たちは、ネロを含めて四匹いる。
 長毛種の猫がミネット。黒猫がシャルロット。灰色の猫がニーノだ。
 
 全員が揃っていることを確認し、ネロは公爵夫人からいただいた猫用お菓子の袋を床に置いた。

「うにゃー」
「みゃー!」

 みんなが「わーい、お菓子だ」と寄ってくる。

 喜ぶ『家族』にむっつりとした顔で「仲良く食べるのだぞ」と家長気取りしながら、ネロは自分用のお菓子の半分を手で分けて、可愛いシャルロットにプレゼントしたのだった。
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