岩泉誠太郎の結婚
 岩泉君の自宅は、万全のセキュリティを誇る3LDKの立派なマンションだった。地下にある駐車場から直接エレベーターを使えるので、普段から車で移動している岩泉君をこの近辺で見かけることは不可能だろう。

 電車通勤をする予定の私は、当然エントランスからの出入りになる。私には豪華過ぎるマンションなので、悪目立ちしてしまうかも。必要以上に出歩くのはよしておこう。

 荷物を運び入れ、簡単に部屋を案内される。

「荷ほどきは午後からでも平気だよね?頼まれてた布団も夕方までには届くと思う。とりあえずお昼にしない?引っ越しには蕎麦がいいかと思って、材料を用意しておいたんだ」

 準備を丸投げするのは申し訳ないので、蕎麦を茹で始めた岩泉君の隣で薬味を切る。

「はあああ‥‥俺の家のキッチンで安田さんが料理してるとか、やば過ぎる」

 いやいや?ねぎ切ってるだけですけど?

 どん引きする私に構うことなく、岩泉君は心の声を漏らし続ける。これはいつか落ち着くのだろうか。そうじゃないとやっていけない気がする。

 食事中も止まらない心の声に、落ち着かなくてさっさと蕎麦を食べ終える。食器を片してお茶を入れ、ようやく一息ついた。

「安田さんが荷ほどきしてる間俺は少し仕事してるから、何かあったら声をかけて。何もなくても声をかけてくれたら嬉しいけど‥‥」

 最後の一言はいらない気がする。ああ、そういえば、岩泉君は結構めんどくさい奴だよって坂井君が言ってたな‥‥なるほど、こういうことだったか。想像以上だな。

 しばらくここに住むからには、私が慣れた方が早いのかもしれない。早急にスルースキルを上げていこう。

「ありがとうございます」

 にっこり微笑み、気遣いに礼を言う。

「かわいい‥‥‥‥」

 大丈夫。きっとすぐ慣れる。

 照れくさいので部屋に逃げ込み、片付けをしながら考える。この心の声駄々漏れ問題は、嫌なところを早速見つけてしまったということだろうか?

 うーん‥‥微妙?恥ずかしいだけ?嫌じゃなくて、困る‥‥なんだよな。

「どう?片付けは進んでる?チェスト、時間がなくて実家に置いてあった小さいのしか運べなかったんだけど、足りないよね?」

「クローゼットにもかけられますし、荷物自体そんなに持ってきてないので十分ですよ」

「少し休憩する?コーヒーでも入れようか?」

 片付けを始めてまだ一時間経ってないし、食後にお茶を飲んだばかりだけど‥‥どうやら彼が『私と』休憩したいらしい。

「そうですね、コーヒー、飲みたいです」

 そんな彼がちょっとかわいかったので、仕方なく休憩することにした。
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