岩泉誠太郎の結婚
岩泉誠太郎の結婚

海外出張

 初めての海外出張。語学力をかわれて現地視察のアシスタントに指名されたと聞いた時、とても嬉しかった。

 出張メンバーでの最初の打合せで岩泉君がいると知った時、凄くびっくりしたけどやっぱり嬉しいと感じた。

 彼が副社長としてこの会社に出向してきたのは1年と少し前。

 子会社なら接点はないと言っていた坂井君の言葉は嘘だったわけだが、しがない平社員の私と親会社の跡取り息子で副社長の岩泉君とでは接点はあってないようなものだ。ある意味、坂井君の言葉は事実だった。

 この1年、社内で岩泉君の姿を見かけたり岩泉君の噂話を耳にする機会は多かった。

 ナマの岩泉君は以前の美しさに精悍さが加わってパワーアップしていたし、仕事では副社長という肩書きに恥じない活躍をみせているともっぱらの評判だ。

 卒業後も付き合いが続いていた坂井君からは相変わらず岩泉君の話を聞かされていて、少し感覚が麻痺していたのかもしれない。岩泉君の噂を耳にする度、彼は私にとっては高嶺の花でかけ離れた存在なんだと改めて実感した。

 仕事で関わると知った時、昔のように意識し過ぎてまともに顔も見れないようでは困ると思い、自分を奮い立たせた。

 社会人になって4年、それなりに経験を積んできたつもりだ。学生の頃とは違う。この仕事は私にとってまたとないチャンスだろう。目の前にいるのは憧れの人ではなく、上司。それも雲の上の存在である副社長なのだ。失敗は許されない。

 出張までの期間、飛行機やホテルの手配、スケジュールの調整を現地スタッフと連絡を取り合い行った。漏れがないようチェックを重ね、万全の体制で当日を迎える。

 日程に余裕があったこともあり、現地視察は順調に進んだ。重役が同行していたため岩泉君との接触が必要最低限で済んだのも良かったのだろう。この調子なら残りの視察も問題なく消化できそうだ。

 アシスタントに指名されてからずっと感じていたプレッシャーが、ようやくゆるみ始めた出張4日目。岩泉君から食事に誘われた。

 大丈夫。上司と食事は初めてじゃないし。いや、二人きりは初めてか。しかもそれが岩泉君て。いや、大丈夫。岩泉君じゃなくて上司だから。仕事の話をすればいい。そうだ。これは仕事の一環だ。

 仕事だと割りきることで自分を保っていたのに、岩泉君が坂井君の話を持ち出すから動揺してしまう。必死で気持ちを立て直して会話を続けようとしていたら‥‥

「実はその好きな人っていうのは、安田さんのことなんだ」

 え?今なんて?
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