おじさんとショタと、たまに女装
どうしよう?
航太と同じ中学に通っている、女子中学生のことだが。
彼が言うには転校して以来、付きまとわれてうっとうしいと言っていた。
それを聞いた俺は、なぜか安心する自分に気がつく。
どうしてだろう……。
しかし、俺が彼女を「可愛い子」だと表現したことで、航太の怒りを買ってしまった。
どうやらあの女子中学生に気がある……と大きな誤解をしているらしい。
参ったな。
※
それから数日経ったが、彼の誤解は解けず。
アパートの廊下で出会っても、無視されてしまう。
嫌われたかと思ったころ。玄関のチャイムが鳴った。
宅配便か? と思い、壁にかけている時計に目をやったが、もう夜の8時だ。
一体誰だろう、とのぞき窓を確認したら、明るい緑のトレーナーワンピースを着た少年が立っている。
航太だ。
勢い良く扉を開くと、航太が少し驚いた顔をしていた。
「わっ! もうちょっとゆっくり開けろよ……」
「あ、すまん」
最近話せなくて、寂しかったから……とは言えないしな。
「ところで、おっさん。おでんとか嫌い?」
「え、おでん? 好きだけど……」
俺がそう答えると、航太はブラウンの瞳を輝かせる。
「ちょっと作りすぎたから、持って来たんだ!」
と大きな圧力鍋を差し出す。
鍋いっぱいになるまで、具が入っているようだ。
蓋から、はみ出ている。
作りすぎた……というより、最初から俺用に仕込んだのでは?
「あ、ありがとう」
鍋を受けとろうとしたが、なぜか彼は拒む。
「おっさん、家に入れてよ。鍋を温めてあげるからさ」
「え? それは悪いよ……お母さんの綾さんにも、怒られそうだし」
俺がそう指摘しても、航太は首を横に振る。
黙って顎をクイっと横に向ける。隣りの家を見ろ、と言いたいようだ。
玄関から顔を出して、右側を見ると。
『あははは! 嫌だ~』
『いいじゃん、綾さん綺麗だもん』
「……」
また男を連れ込んでいるのか。
そりゃ家に居たくないよな。
年頃だし。
相手は同性の子供だから、別に悪いことじゃないだろ。
「よし、入っていいよ。汚い部屋だけどな」
「やった! おっさんてさ、料理とかしないタイプでしょ?」
「まあ……昔はやっていたんだけどな。面倒くさくてな」
「そんなんだから、あの豚女に振られたんだよ」
と笑いながら、玄関で靴を脱ぐ航太。
ていうか、俺の元カノ。豚女って名前にされたのか。
※
温め直したおでんを、ちゃぶ台の上に置く航太。
「ほら、おっさん。熱いからちゃんと、ふぅ~ ふぅ~ しろよな」
首からひよこ柄のエプロンをかけて、胸を張る。
でも彼の言うように、おでんが入った皿から、湯気が立っている。
美味そうだけど、熱そうだ。
「いただきます」
ぶ厚い大根を箸で掴み、かじってみる。
たったひと口だというのに、口の中が温かくなった。
そして作ってくれた航太の優しさが、身体に伝わってくる。
何年ぶりだろう……こんな手作りの料理は。
気がつくと目頭が熱くなっていた。
「どう? おっさん?」
「ああ……すごくうまいよ」
それ以外の表現方法を俺は知らない。
だが航太には、俺の気持ちが伝わったようだ。
手を叩いて喜んでいる。
「やった! オレの方が料理うまいだろ! あの豚女よりさ!」
「……」
まだ元カノと張り合っているのか。
確かに未来は、そこまで料理が上手じゃなかったな。
お互い忙しかったし、喫茶店やコンビニ飯が多かった。
※
おでんを全て食べ終えると、航太がちゃぶ台から皿を持ち上げる。
そしてシンクの中で洗い始めた。
もう同棲しているカップルのような関係だな……。
「ところで、おっさんさ」
「なんだ?」
「さっきから気になってんだけど……あのカーテンレールにかけている服ってなに?」
「いいっ!?」
思わずアホな声が漏れてしまう。
彼に言われるまで忘れていた。
担当編集の高砂さんから、送られてきた資料……。
セーラー服、ブルマにスク水。
とりあえず服にしわが出来ないように、部屋のカーテンレールにかけていたんだ。
「まさか、元カノが置いていったの?」
皿を洗っている航太の背中から、無言の圧力を感じる。
「いや……あれは編集部から送られてきた資料だ」
「ふぅん。そう言われたらサイズが小さいもんね。中学生ぐらい? おっさんは誰に着せたいの?」
「あ、あの……それは」
どうする、俺。