おじさんとショタと、たまに女装

人妻より……


 目の前に立っている、この少女が男の子だと?
 どう見ても女の子にしか見えない。

 その証拠に、女物のワンピースを着ている。
 ピンク色で胸元に大きなロゴがデザインされている。
 丈は短く、太もも上でひらひらとスカートのように宙を舞っている。
 きっと中にショートパンツなどを履いていると思うが……。

「……」

 男とは思えない可愛らしい童顔と、ルックスにギャップを感じた俺は動揺していた。
 一瞬とはいえ、この航太という少年を異性として見てしまったから……。

「おっさん! 聞いてんのかよっ! オレの母ちゃんで使うなよっ!」
「は?」

 思わずアホな声が口から漏れていた。

「母ちゃんは、お前みたいな童貞を相手にしないから真に受けんなよ!」

 なんて失礼な子供だ。

「い、いや……航太くんだっけ? 確かに君のお母さんは若くて、魅力的だけど。そんなことしないって」
「名前で呼ぶなっ! この童貞ニート!」
「……」

 ちょっといい加減、腹が立ってきた。

 生意気な少年の代わりに、母親が謝罪に入る。

「すみません、この子。昔から、私に甘えん坊で……あのこれからお隣りで暮らして参りますので。黒崎さん、どうか仲良くしてください」

 と強引に少年の頭を下げさせる美咲(みさき)さん。

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。ははは……」
 
 最悪の出会い方だったが、この日を境に、俺たちは徐々にお互いを意識していた。

 ~それから、数か月後~

 暖冬とはいえ、12月に入ると一気に気温が下がる。
 Tシャツに半ズボンだった俺も、上は半纏(はんてん)を羽織り、下はスエットで過ごすことが多くなった。

 担当編集の若い女性。
 高砂(たかさご)さんから連絡があり、『提出した原稿をチェックしましたが、今回はこれでOKです』とのこと。
 つまり、原稿料が銀行口座に振り込まれるということだ。

 貧乏なエロマンガ原作者は、印税よりも原稿料頼りで生きている。
 さっそく近所のコンビニのATMで、お金を下ろそうと玄関に向かい、サンダルを履く。
 鍵を開けてドアノブを回すと……冷たい風が頬を叩きつける。

「さむっ……」

 強風で指を挟まないように、慎重にドアを閉めて鍵をかける。
 すると、背後から人の気配を感じた。
 振り返ると、アパートの柵から二本の脚を放りだす少女が目に入った。
 小麦色の美しい脚をバタバタと上下に振っている。
 フード付きのトレーナーワンピースを着て、二階建てのアパートから景色を眺めている。

「あっ、美咲さん……?」

 思わず、女扱いしてしまった。
 この子は俺と同い年の隣人、美咲さんの子供。
 美咲 航太(こうた)くんだった……。
 名前の通り、正真正銘の男。

「は?」
「やあ……久しぶりだね、航太くん」

 俺の声に気がついた少年は、こちらへ振り向く。
 そして、ギロっと睨みつける。

「勝手に話しかけてくんなよ、おっさん。隣りだからって、オレの母ちゃんと仲良くできると思うなよ?」

 どうやら、かなり警戒されているようだ。
 一応、弁解しておかないと。

「い、いや……前に何度か話したと思うけど。俺は航太くんのお母さんを、そんな目で見てないって」
「嘘つけ! おっさんが母ちゃんの胸をじっと見つめていたの、オレはちゃんと気がついてたもん」
「……」


 参ったな、何を言っても裏目に出てしまう。
 初めて出会ったあの日から、何度か母親である美咲 (あや)さんから事情を聞かせてもらったのだが。
 美咲家は、現在シングルマザーで綾さんだけが夜のお仕事をしている。
 息子の航太くんは、中学2年生の14才。
 多感な年頃だから男の俺を警戒しても、仕方ないとは思うが。
 かれこれ、3カ月は顔を合わせている関係なのだから、信用して欲しい。

「あの……俺は今からコンビニへ行くけど、航太くんはどこか行くの?」
「は? どこにも行かないよっ! なんでおっさんに話さないといけないの!?」
「その、寒いのに廊下で座っているからさ。誰かお友達もで待っているとか……って思って」

 そう言うと、先ほどまでの勢いはどこへやら。
 航太くんは俯いてしまう。

「……オレ、友達いないもん」

 ポツリと呟く、その横顔に、俺はなぜか見惚れていた。
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