おじさんとショタと、たまに女装

俺はここに残る


「別にね……作品を描く上で、実体験をもとに作ることは、悪いことだとは思わないよ。でも、相手が未成年なら話は別でしょ?」
「いや、それはその……」

 ヤバい、航太との関係を完全に疑われている。
 いや、エロ漫画を読んだ彼女には、もう一線を越えた関係だと思われているに違いない。
 
 そこだけは、ちゃんと否定しておかないと。
 今の暮らしという以前に、刑務所にぶち込まれそう。

「翔ちゃん、この前はあんな悲しい別れになったけど……。私は本気だよ?」
「え? なにがだ?」
「あの時は気が動転して、言えなかったけど。私、実は来年に東京へ行くことになったの」
「お前が東京に……」
「そう、だから一緒に来ない? 新しい家でまたやり直そうよ。ふたりで……」

 未来は俺の目を見て、優しく微笑む。手のひらを差し出して。

 これはつまり、そういうことなのだろうか?
 復縁して東京へ行き、一緒に暮らし始める。
 そのまま、結婚して……俺は今、逆プロポーズされているのか。

「ま、待ってくれ……いきなりすぎて、そんなすぐには……」

 やんわりと断ろうとしたが、未来が怒鳴り声をあげる。

「ダメだよ、このままじゃ!」
「へ?」
「今なら戻れるよ、翔ちゃん! 私とここから、”藤の丸(ふじのまる)”から出て。昔みたいに暮らそう」
「そ、それは……」
「別に私のことは、気にしなくていいから。東京に行くことは、前々から編集部の人たちから勧められていたし……。それにもう、後悔したくない!」
「……未来」

 彼女の決意は、固いようだ。
 普段は温厚な女だが、今の未来は恐怖さえ感じる。

 きっと未成年の航太から、引き離したいという思いからだろう。
 でも、俺からすると、彼とはまだなにもしてないんだよな……。
 これからも。

  ※

 返答に困っていると、しびれを切らした未来が俺の右手を強く掴む。
 両手で一生懸命、俺の手を引っ張る。目に涙を浮かべて。
 
「翔ちゃん、私じゃダメ?」
「あのな、未来……」

 きっと、こいつにまた航太とのことを説明しても、混乱するだけだろう。

 ふと、喫茶店の窓から店内を眺めてみる。
 綾さんと並んで嬉しそうに、アイスクリームを食べる少年の姿が目に映る。
 もし俺が、航太のそばから離れたら、どうなるだろう?
 この前みたいに高熱を出したら、誰が助けてくれる。
 
 想像しただけでも、心配から身体がうずうずしてきた……。

 
「未来、悪い」

 冷たいと思ったが、俺は彼女の細い手を強く振り払う。
 今まで暴力なんて振るったことないから、力の加減が難しい。
 驚いた未来が「あっ!」と大きな声で叫ぶほど。
 
 しかし、ここは敢えて優しくしないと決めた。

「翔ちゃん……?」
「お前からの申し出は嬉しい。だけど……俺はここに残る。まだやることがあるんだ」
「そんなに、本気なの……」

 彼女の問いかけには、何も答えないことにした。

  ※

 店から出て、数十分は経ったと思う。
 いくら仕事だと嘘をついても、航太のことだから、心配して俺を探しにくるかも……。
 そう考えていたら、喫茶店の扉が開き、チャリンと鈴の音が聞こえてきた。
 
「おっさん~? どこ~?」

 ヤバい! また未来と会っているところを見たら、航太が誤解する。
 焦り始める俺とは対照的に、未来は呆然としていた。
 俺への心配からとはいえ、彼女を拒絶したからな。
 かなりショックを受けているようだ。

 しかし、このままでは”あの時”と同じ悲劇が起きてしまう。
 
 航太の声と足音がこちらへ近づいてくると共に、俺の心臓がバクバクとうるさい。
 どうしよう?
 もう、彼をあんな風に傷つけたくない。

「くっ……」
 
 俺は恐怖から瞼を閉じてしまう。
 すると、誰かが俺の肩をツンツンと突く。

「おっさん? こんなことろで、なにやってんの?」

 恐る恐る、瞼を開くと。
 そこには褐色の少年が立っていた。

「航太か!?」
「は? オレに決まってんじゃん? ずっと待ってたのに、戻ってこないんだもん……」

 と唇を尖がらせる。
 その愛らしい姿を見て、胸をなでおろす。

 いや、それよりも俺の元カノは?
 未来は一体どこへ行ったんだ……。
 まさか幽霊と話していたんじゃないよな。

 そんなアホなことを考えていると。
 ジーパンのポケットに入れいていた、スマホのベルが聞こえてきた。
 一件のメールが届いている。

『ひとりで東京へいきます。色々とごめんね』

 未来からだ。
 そうか……航太の声が聞こえてきたから、気を使ってくれたのか。
 
 喫茶店の反対側にあるコンビニから、一台のタクシーが出ていく。
 後部座席に誰かが座っていたが、彼女か分からない。
 本当に悪いことをしたな……。

 そう思っていたら、もう一件メールが届く。

『追伸、あのマンガみたいなことはしないでよね』

 今後の創作活動に、支障をきたしそうだ。
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