たとえば、こんな人生も②
―――……



ゆらゆら


揺れてるような、浮いてるような


不思議な感覚に
閉じていた目をゆっくり開く



「起こした?」

「…」

「このままベッドに運ぶから
寝てていいよ」


ぼんやりとした視界の先に
優しく目尻を下げる人の姿があった


「………いつきさん……」

「うん?」

「……いつきさんだ」

「うん」


確かめるように触れれば
しっかりとして感触が返ってきて
そこにいるのは、紛れもなく
本物のいつきさんだと実感する


「……おかえりなさい」

「ただいま」


顔を合わせるのは、久しぶりだった

最近は文化祭の準備で
入れ違いになることが多くて

バイトも
しばらく休ませてもらっていたから

時々、電話はしてたけど
ばたばたしていて
ゆっくり話すことも出来てなかった



顔を見れたのが嬉しくて

たくさん
話したいと言う気持ちが湧くものの

その気持ちとは裏腹に
眠気が勝って、頭がうまくまわらなくて
言葉が出てこない


ただ、おかえりなさいだけは
ちゃんと伝えたかったから
なんとか口を動かした

そして
また、うつらうつら舟をこぎ始める私

そんな私に
変わらず穏やかな微笑みを向けるいつきさん




「ほら。ひなたちゃん、ついたよ」

「…………もう少し」


屈んで、ベッドに私を寝かせようとする
いつきさん

完全に脱力してしまっていて
全然力は入らなかったけど
しがみついて、抵抗する


「もう少しだけ……」


いつきさんの腕の中は
あったかくて、居心地が良くて、安心する

だから、もう少しだけ
くっついていたかった


仕事終わりで疲れているはずなのに
私のわがままに嫌な顔ひとつ見せず

いつきさんは、要望通り
私を抱えたまま、ベッドに腰かけた


「文化祭準備、大変?」

「……大変、だけど……
…楽しい、です」


付け加えた言葉に
いつきさんの笑みは深まる

良かったね、と言わんばかりに
私の頭を撫でて
そのまま、すくように私の髪に触れる

その動作が気持ち良くて
そっとまぶたを閉じる



「…けど」



「……いつきさんと
話す時間が、減ったのが…寂しくて…」



帰りが遅くなる事が増えて
いつきさんと一緒にごはんを食べられない日も増えて

顔を合わせる時間も、ゆっくり話す時間も
なかなかなくて


同じ家に住んでいるのに
少し距離が出来てしまった気がして
それが、さみしくて、もどかしくて


「だから、もっと話していたいのに…」


眠くて

まぶたが上げられない




………





髪を撫でていた手の動きが止まる




「………本当、ひなたちゃんは
不意打ちが得意で困る」




困ったような
でも、どこか嬉しそうな呟き声が
ぼんやりと遠くに消えていった
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