たとえば、こんな人生も②
一時は、それさえ、すべて受け入れていた




………なのに、なんで




今さらこんなに――






「ひなた!!!」




呼び声と共に、ふっと消えた手首の圧迫感


はっと、我に返って


現実に意識を戻せば


私は、いつきさんに抱き起こされていて

少し離れた所で、さっきまで
私に覆い被さっていたあのひとが
うめき声をあげながら、仰向けで倒れていた



いつきさんが助けてくれたんだと
すぐに理解した



「もう大丈夫だから」

「…」



猿ぐつわを外して
放心してる私を抱き締めながら
いつきさんは安心させるように
何度も「大丈夫」を繰り返す



……。



大丈夫


大丈夫



………気のせいだ


…………そんなはず、ない


……気のせい



大丈夫…


大丈、夫……



いつきさんの言葉に、重ねるように
私も何度も心の中で大丈夫を繰り返す



けど



いつもなら、安心できるいつきさんの腕の中
なのに、心臓の嫌な高鳴りはおさまらない





「っつ」




耐えられなくて
ドンっと、いつきさんを突き飛ばす



「……ひなた?」



驚いたように、目を見張り
私を見つめるいつきさん


困惑しているいつきさんから
地面に座り込んだまま、後ずさり、距離を取る



過呼吸みたいに荒くなる呼吸
血の気がなくなっていく体
全身が震えて、冷や汗が止まらない




…………なんで





どうして






どうして、こんなに







……………………怖い……







この時、初めて





私は本当の意味で





『恐怖』と言う強い感情を知った
< 37 / 72 >

この作品をシェア

pagetop