制服レモネード
「辞めて欲しくないって、思ってます。家出て、無性にレモネードが飲みたくなった時、市販の、矢吹の蜂蜜以外のを使って飲んだ時、なんか味気なくて、これじゃないってなって……」

矢吹さんが静かに話し始めた時、再びおかあさんが涙を流した。私も我慢ができなくて何度もつたってくる涙を手で拭う。

「一人でなんでもやってやるって思ってたのに、その時点で負けたんだ。父さんが養蜂業に熱を注ぐようになって、昔よりも俺のこと構ってくれなくなって。多分、自分の進路が突然変わったことよりも、そんな寂しさのほうが大きかった」

「……」

「今更、って思われるのはわかってる。何度も酷い言葉投げつけて出て行った。そのことを許してほしいとは思わない。ただ、父さんの作る蜂蜜、俺はずっと、……好きだから」

矢吹さんがそう呟いた瞬間、かすかに、おとうさんの方から、ズズッと、鼻をすする音がして、肩が少し震えているのがわかった。

きっと、昔の矢吹さんもおとうさんに似て、すごく頑固だったんだろう。

親の助けも借りず、一人で逃げるように遠い町に住むようになるくらいだ。

本当はお互い、大切で大好きでしょうがないはずなのに。

信じていた分、予想外のことが起きた時、戸惑ってしまって、不器用になってしまう。

「じいちゃんも父さんも、じいちゃんの病気のこと何も言わなかったこともあるし。でも、今の俺は、あの時よりもう少し頼りになると思うから、何か力になれることがあるなら話してほしいよ。俺は、会社にいた時の父さんも、ここで働くようになった父さんも、誇りを持って仕事をするところ尊敬しているから。……遅くなってごめん、頑固でごめん。……でもやっぱり、父さんの子供だから仕方ないよね」

そう言ってハハッと矢吹さんが笑った時、ずっと黙っていたおとうさんが、口を開けた。

「口には気をつけろ」

そういった声がすごく震えていて、

「……おかえり、バカ息子」

おとうさんは小さくそう呟いた。
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