制服レモネード
突然、ドアの隙間から矢吹さんの手が伸びてきたかと思うと、それはもう一瞬の出来事で、
──バタンッ
「あっ、の、矢吹さん?」
私は、矢吹さんの玄関の中に入って、ドアに背中を預けていた。
顔の真横には、トンとドアに置かれた矢吹さんの手。
顔を少しあげると、矢吹さんの前髪の先がすぐ目の前に見える。
あまりにも、近すぎる。
男の人と、こんなに至近距離になったのなんて初めてで、どこに目をやっていいかわからない。
「いつもみたいにさ、こうやって……」
「っ、」
矢吹さんは、もう1つの手を私の顔の下に持ってきて、親指と人差し指で私の顎を軽く持ち上げた。
その拍子で、少し乱れた彼の前髪の隙間から見えた切れ長の目と目が合う。
ドキンと大きく胸が鳴って。
矢吹さんに聞こえたんじゃないかと思うほど。
『いつもみたいに』
言われなくても、なんとなくわかってるつもりだったのに、彼の口から改めて言われると、こうやって触れられると、生々しくて、胸がギュッとなる。
だんだんと、矢吹さんが距離を縮めて来て。
思わず、目つぶった。
遊び人の矢吹さんにこういう風に遊ばれるのは重々承知していた部分もあるから。
気持ちがないキスなんて、ありえないって思っていたのに───。
「できなかった」
「へっ、」
予想していた、唇に何か触れる感覚はないまま、矢吹さんの落ち着いた声が落ちてくる。
「聞いてんの」
「えっ、あっ、」
顎に添えていた手を離して、今度は両手をドアに預けて私を挟むようにしてこちらを見上げる矢吹さんは、私の身長に合わせて、少しだけ腰をかがめている。