目と目を合わせてからはじめましょう
 〜雨宮太一〜

 ひょんな事から彼女との同棲生活が始り、正直俺は毎日ワクワクしている。

 「太一さん、最近表情に余裕が出来てきたんじゃないですか? いい事でもありましたか?」

 整備士の滝川さんの声に、慌てて口元に右手を当てた。

 「いえ。そんな事は」

 「まあ、いいですよ。いい事なんでしょうから」

 「だから、違いますって」

 表情を見られないよう、今日使用する車両に目を向けた。


 「雨宮さん。母ちゃんから姉ちゃんに渡して欲しいって、頼まれたんですど」

 悠矢が、大きな紙袋を抱えて近づいてきた。こんな風貌だが、時間に遅れることもなく出社し、職場の人の指示も意外に素直に聞く。それに、仕事の覚えもいい。

 「ああ。渡しておくよ」

 悠矢から、紙袋を受け取った。意外に重い。多分、食材の差し入れだろう。


 「母ちゃんから姉ちゃん? どういう事なんだ?」

 滝川さんが、悠太と俺のやりとりに首を傾げた。別に隠すつもりもないが、色々聞かれるのは得意じゃない。


 「俺の姉ちゃんと、雨宮さん同棲してるんで。俺、配達係ですよ」

 俺が言葉を選んでいる間に、悠矢が答えてしまった。

 「ええ! 通りで、ニヤついていると思ったら、そう言う事だったのか」

 滝川さんが、納得したとでも言うように、大きく頷いた。


 「ニヤついてなんていませんよ。至って普通です」

 「まあ、この太一さんが、同棲までするとは、かなり惚れ込んでいるのでしょうね」

 滝川が、思い切り俺に笑顔を向ける。

 「まあ。そう言う事です」

 「おお! あはははっ」

 滝川さんは、俺の肩をバシッと叩くと、笑っているんだか興奮しているんだか、大きな声をあげて整備室へと歩いていった。

 何だか照れ臭くて、居心地が悪い。


 「雨宮さん、今まで彼女がいたことは?」

 悠矢が、整備の準備をしながら、さらっと聞いてきた。

 「まあ、昔な。正直、忙しくてそれどころじゃなかった。それに……」

 俺は、何を言おうとしたのだろう。

 「それに?」

 悠矢が手を止めることなく、聞き返してきたことで、小さくなっていた不安が顔を出した。


 「この仕事をしていると、色々とな」

 「ふーん。まだ、俺にはよくわからないですけど、あんな姉ちゃんでも、意外に芯は強いから、安心していいかもですよ」

 「ははっ。そうだな。ただ、大切なんだ。彼女の事が……」

 自分でも、そんな言葉が出るとは思っていなかった。しかも、彼女の弟に、向かって言ってしまうとは……


 「似たもの同士だな」

 「えっ?」

 「いや、独り言です」

 悠矢は、仕事の手を止めることなく言った。
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