目と目を合わせてからはじめましょう
 仕事を終え、紙袋を抱えてマンションのエレベーターをおりた。

 オートロックを開け、部屋の中へと入る。彼女は定時に上がっているので、帰宅しているはずだ。

 「ただいま」

 「あっ。おかえりなさい」

 彼女の声に、俺の胸は柄にもなくキュンと高鳴る。

 靴を脱ぎ、玄関を上る。出迎えてくれると思った彼女の顔が見えない。


 リビングのドアを開けると、キッチンからガタゴトと音がしている。

 「もう少しで夕食できるから」

 「ああ、ありがとう。咲夜も仕事しているんだから、無理するなよ」

 「うん。大丈夫」

 「これ、悠矢が持ってきた。お義母さんからだ」

 カウンターの上に紙袋を置いた。

 「ありがとう。置いておいて」

 咲夜はそれどころじゃないようで、フライパンと睨めっこしている。


 俺も、鞄を置くとスーツから部屋着に着替え、ソファーの上に積み重なった洗濯物を畳み始めた。だが、 これが意外に難しく、ぐちゃりとした洋服をクローゼットの引き出しにしまっていいものかと、動きが止まってしまう。

 「出来た!」

 「ああ」

 元気な彼女の声に、ダイニングテーブルの前に立った。

 「よ、よく出来たな」

 決して見栄えがいいとは言えないが、努力したハンバーグがお皿の上に転がるように乗っていた。その横に白い炊き立てのご飯がお茶碗に盛られいる。

 「う、うん。ハンバーグに手一杯で、スープもサラダも作れなかった」

 項垂れる彼女には申し訳ないが、ソースが鼻上に飛んだ顔が可愛くて、思わずフッと笑ってしまった。

 「何がおかしいの?」

 「いや、可愛いと思って」

 俺は、彼女の鼻の上のソースを、親指で拭き取った。

 「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ」

 咲夜は、真っ赤になって頬を膨らませた。
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