目と目を合わせてからはじめましょう
気になる相手
 〜市川咲夜〜

 いつもと変わらないスーツ姿に、小さめの黒いキャリーバックを持ち、スムーズに靴を履く雨宮の姿を見つめた。

 「気をつけてね」

 「ああ、大丈夫だ。それより、夜は遅くならないように。荷物は管理人が預かってくれるから、宅配業者も来る事はない。絶対にロックを解除するな。何かあったら、すぐにブザーを鳴らせ」

 「うん。分かってる。私より、あなたの方が、危ない場所に行くんだから、くれぐれも無茶はしないで」

 雨宮は、片手で私の頭を押さえると、軽くチュッとキスをした。口数の少ない雨宮の、最大の愛情表現である事が、最近わかってきた。

 「行ってきます」

 「行ってらっしゃい」

 雨宮を玄関で見送ると、仕事に出かける準備をする。


 今夜から、このマンションに一人だ。雨宮の仕事は不規則で、夜は居ない事もあったが朝には帰ってくる。一週間も家を空けることは、私がここにに来てから始めてだ。政治家の大きな会議があるらしく、北海道へ出張らしい。連絡も思うようには取れないだろう。私からは、メッセージを送るくらいしか出来ない。

 思っていた以上に不安だ。一人でマンションにいる事ではなく、雨宮の安否が心配なのだ。最近では、SPや警察官が巻き込まれる事件を多く聞く。

 誰かを守ることが彼の大事な仕事だ、理解しなければと思うが、どうにもならない不安が押し寄せてくる。雨宮を失うなんて、考えるだけでおかしくなりそうだ。

 だからと言って私に出来る事などなく、いつもより重く感じるマンションのドアを開けた。
< 121 / 171 >

この作品をシェア

pagetop