目と目を合わせてからはじめましょう
 「おはようございます」

 美容室の裏口の扉を開けると、すでに出勤していた、二つ年上の先輩、池山智が出かけるところだった。池山先輩は、テレビ局などのヘアメイクの仕事も多く、朝早く出かける事が多い。

 「咲夜ちゃんおはよう。午後は僕の予約のお客さん入っているから、よろしくね、昼までには戻るよ」

 「はい。わかりました。気をつけて行ってきてくだい」

 池山は、メイク道具の入った重い鞄を軽々と持ち上げた。

 私は、池山先輩が出られるよう、裏口の扉を開けてドアを押さえた。

 「ありがとう。行ってきます」

 池山先輩は、チラリと私の顔を見ると、ニコッと微笑んだ。仕事柄という事もあるかもしれないが、愛想がよく清潔感もあり、女性のお客さんからの人気も高い。


 池山先輩を見送ると、店の掃除を始める。

 すぐに、店のメンバー達も出勤してきた。この支店は私と池山先輩。支店長と後輩の美弥ちゃん、今年入社した新人の眞子ちゃんの五人で回している。

 お客様が気持ちよく過ごせるように、シャンプー台や鏡など抜かりなく綺麗にする。そして、備品の管理。材料が切れてしまったら、お客様に迷惑をかけてしまう事になる。

 掃除や片付けの苦手な私が、なんとかやって来れているのは、一緒に店をやってくれているスタッフのお陰なのだと改めて実感した。そんな風に思えるのも、雨宮との生活が私に大きな影響を与えているからだろう。また、雨宮のことを思い出し、胸がキュンと痛む。もう、北海道に向かったのだろうか?


 今日は、予約のお客様が多く、あっという間に午前中が終わってしまった。眞子ちゃんに教えながら、カラーのお客様の仕上げをしていると、池山先輩が戻ってきた。

 池山先輩のご予約のお客様の時間までには、まだ余裕があるが、店の中のお客様等はチラチラと池山先輩に視線を向ける。
 でも、美容師の腕は私だって負けたくない気持ちがある。


 鏡に映る、バッサリと短くなった髪を嬉しそうに見るお客様に声をかける。

 「後ろは、軽めにカットしてありますので、シャンプーも楽だと思います。気になるところはございますか?」

 三面式の鏡で、後ろ髪を映す。

 「思いっきて切ってみて良かった。さすが市川さんね。ありがとう」

 「いえ。普段から、お手入れを丁寧にされているので、仕上がりが良いのだと思います」

 「ふふっ」

 お客様は、軽く頭を振り髪の毛の流れを確認すると、満足気に微笑んだ。
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