目と目を合わせてからはじめましょう
 雨宮を呼ぶ声がした。打ち合わせに呼んだようだから仕事だという事はわかる。

 それはいいとしても、太一って名前で呼ぶなんて……


 「ああ、すぐに行く」

 「忙しいのに、電話ありがとう。嬉しかった」

 胸に抱いてしまった黒い靄を悟られないように、明るい声を出した。

 「当たり前だろ。くれぐれも気をつけるんだぞ」

 「うん。雨宮さんも気をつけて」

 「ああ。大丈夫だ心配するな。また、電話する」

 「うん」

 そう言って通話は切れた。


 まだ、雨宮の声が耳に残っていて、胸の奥がドキドキと音を立てている。でも、なんだかモヤモヤする。電話の声の女性は誰だろ?
 一緒に写っていたSPの女性かな? でも、なんで、名前で呼ぶの? 声の感じから親しいようだった。

 私は、まだ、雨宮を名前で呼んだ事がない……


 それでも時間は過ぎて、雨宮が帰ってくる日になった。

 スマホを確認すると、夕方には事務所に戻るとメッセージが入っていた。私も今日は、早く上がれる。事務所まで迎えに行きたいとメッセージを送ると。すぐに待っていると返信が来た。

 「お疲れ様でした」

 片付けを終え、店のドアへ手を伸ばした。


 「咲夜ちゃん、お疲れ様。なんだか急いでるみたいだね」

 「ええ。ちょっと、用事があって」

 自然とニヤけてしまいそうな顔に、グッと力を入れて池山先輩を見た。

 「そうか。なんだか今日は嬉しそうだね」

 「そんな事ないですよ。えへっ。お先に失礼します

 やばい、顔が緩んでしまった。

 「お疲れ様。気をつけて」

 池山先輩の声を背中に、スキップする勢いで店を出た。
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