目と目を合わせてからはじめましょう
 「雨宮さん! ごめんなさい、外で待ってるつもりだったんだけど……」

 「いや、それはいい。それより、親父なんだよ、その手!」

 雨宮が、グッと私の肩を自分の方引き寄せたので、自然に父の手が私の肩から離れた。

 「ここは会社だ。社長と呼びなさい。私は、咲夜さんを外で待たせるような、非常識な男の代わりに、コーヒーにお誘いしたまでだ」

 「コーヒーを飲むのに、肩を抱く必要ないだろ!」

 「失敬な、肩を抱いたのではない。咲夜さんが迷子にならないように、案内していただけだ」

 「暇だから帰るって言ってただろ? 人の彼女を構うなよ」

 うふっ。彼女って言われちゃった。でも、お父様、本当に暇だったんだ……


 「咲夜も、知らないおっさんに簡単に着いていくんじゃない」

 「ええ? お父様じゃない?」

 「今日、始めて会ったんだろ? 知らないも同然だ。さあ、帰ろう」

 雨宮が、私の腕を引っ張った。

 いやいや、このまま帰るのは失礼でしょ。きちんとご挨拶をと、父の方へ振り向いたのだが……


 「太一、打ち合わせの途中よ、何しているの?」

 この声?

 嫌な予感がして、声のする方へ目を向けると、黒のパンツスーツの目鼻立ちのキリッとした女性が立っていた。あっ、やぱり雨宮と一緒に映っていた女性だ。

 「ああ」

 雨宮が返事をすると同時に、女性は驚いたように頭を下げた。

 「社長、お客様でしたか。失礼しました」

 背筋を伸ばし、スパッと頭を下げる姿は、男性の中にいても見劣りしないであろう格好いい仕草だ。

 「太一、咲夜さんとゆっくりしているから、仕事を済ませてきなさい」

 一瞬、雨宮の眉間に皺が寄ったが、すぐにピシッと頭を下げた。

 「わかりました。よろしくお願いします」

 どうやら、息子から一社員に戻ったようだ。


 雨宮は、大股で部屋へと戻っていく。女性は、チラリと私を見た。いや、睨んだと言った方が正しいだろう。軽く頭を下げて、雨宮の後を追うように行ってしまった。

 なんだ、このモヤモヤした気持ちは?
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