目と目を合わせてからはじめましょう
 「はい、どうぞ」

 父の声に、ドアが開いた。

 「咲夜、ごめんな待たせて」

 「いえ。お父様とお話しさせて頂けて良かったです」

 「何かされたりしてないか?」

 「人を、エロ親父みたいに言うな」

 父はげんなりとした顔を、雨宮に向けた。


 「コーヒーおいしかったです」

 立ち上がると、にこりとお父様に挨拶をした。

 「やっぱり、綺麗いでかわいいなあ」

 父も笑顔を向けてくれた。


 「いくぞ!」

 雨宮さんは、私の手を引いてドアへと向かって歩く。

 「失礼します」

 半分引きずられる形で、父に頭を下げた。

 「咲夜さん、またね」


 社長室を出ると、雨宮は私の手をぎゅっと握って、大きなため息をついた。

 「どうしたの?」

 「俺だって、すぐに迎えに行くつもりだったんだ。まさか、親父が先とは……」

 「私も、会いたかったよ。お疲れ様」

 雨宮ににこりと笑顔を向けた。

 「俺以外に、あんまり愛想振り向かなくていい」

 「ふふっ、何それ? 夕飯どうしようか? 普通は何か作って待っているよね? ごめんね」

 「そんなこと気にしなくていい。咲夜だって仕事だったんだし。早く帰って、何か作って食うか?」

 「うん。でも、疲れているよね?」

 「そんなにやわじゃない。一緒に簡単なもの作ればいい。買い物して帰ろう」

 「うん」

 階段を降りると、さっきの女性が歩いて来るのが見えた。

 「太一、お疲れ様」

 「ああ、岸川もお疲れ」

 岸川さんて言うんだ。

 私も、岸川さんにぺこりと頭を下げた。

 「あっ、太一、明日トレーニング行くよね? 上手く立ち回れない時があって、練習に付き合ってもらいたいんだけど」

 「行くつもりだ。また、連絡くれ」

 「了解」

 ええ、明日は私は仕事だ。雨宮さんは、出張の後で休みのはずだ。休みでもトレーンングするのは知っていけど、彼女も一緒なんだ……


 「なあ、何作るか?」

 不意に、雨宮に聞かれ我にかえる。

 「カレーとかなら、簡単に作れるよね?」

 「ああ。カレー食いたかったんだ。出張中、弁当多かったからな」

 「そうなんだ。玉ねぎの買い置きあるしね。サラダも作れるかな?」

 「ああ。レタスちぎってドレッシングかけりゃ十分だろ」

 「うん。そうだね」


 背中に感じる視線は気のせいなのだろうか? 振り返る事ができず、そのまま歩き続けた。きっと、雨宮さんは、この私のモヤモヤには気づいていないだろう。でも、何か言ってしまったら、面倒な奴だと思われてしまいそうで胸の奥に飲み込んだ。




< 129 / 148 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop