目と目を合わせてからはじめましょう
 〜雨宮太一〜

 やたらに長く感じた出張が終わり、早く咲夜に会いたい、それだけだった。スマホのメッセージに、咲夜が会社まで迎えにきてくれると届き、思わずニヤけそうな顔に無理やり力を入れた。

 それなのに、今日に限って後処理の話し合いが終わらない。大きな問題もなかったはずなのに、岸川が珍しく拘っているようにも思う。

 咲夜が会社に着いたとメッセージが入り、チラリと廊下の窓に向けた瞬間に、さっと血の気が引いた。

 「咲夜!」

 思わず、部屋を飛び出した。なぜ、親父といるんだ。しかも咲夜の肩に、親父が手をかけているなんて、カッ頭に血が上った。すぐに、連れて帰ろうと思ったのに、岸川に呼び止められ打ち合わせに戻るしかなくなった。


 早急に話し合いを終わらせ、社長室に向かう。

 まあ、親父に咲夜の事は話すつもりでいし、きちんと紹介しようと思っていた。いい機会だったのだと思う事にして、社長室のドアをノックした。

 だけど、楽しそうに向かい合って話をしてる、親父の姿を見たら、一気に気持ちが引き攣った。

 咲夜の、屈託のない笑顔が親父に向けられていて、気付けば咲夜を引きずるように部屋から出していた。

 ああ、本来ならきちんと咲夜を紹介すべき大人の対応をしなければならないのに、情けない……

 咲夜も呆れているんじゃないかと思い、大きくため息をついた。

 でも、咲夜に会いたかったなんて言われれば、俺の胸はそれだけで上機嫌だ。一体、俺はどうしちまったんだろう。


 岸川に、トレーニングに付き合ってほしいと言われた事なんて、何も気にしていなかった。隣にいる咲夜の事で頭がいっぱいなのだから……


 買い物をして、マンションに戻れば、二人でバタバタしながらもカレーとサラダが出来上がった。バタバタしている咲夜を見るのも楽しいし、俺自身がこんな時間を幸せだと思う。

 テーブルに向き合って座り、留守中の他愛もない話をしながら食事をする。

 「ねえ、明日は休みよね? 予定はあるの?」

 「まあ、ゆっくりするよ」

 「トレーニングは?」

 「ああ。ジムに行く予定だ」

 「そう……」

 なんとなく、昨夜の顔に影ができた気がしたが、どうしてだか分からなかった。

 「夕食は一緒に食べられるよね?」

 なんだ、夕飯の心配していたのか。
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