目と目を合わせてからはじめましょう
 「ごめん遅くなって、無理なら又でいいぞ」

 「ううん。カットだけだから大丈夫よ。こちらにどうそ」

 咲夜に促され、店の奥へと入る。大きなキャンパスのようになった鏡が並んでおり、咲夜が背もたれをこちらに向けた椅子へと座った。

 肩に大きなケープをかけられる。

 「少し伸びてきているようですね。どうなさいますか?」

 咲夜がいたずらっぽく笑って言う。

 「お任せします」

 俺は、敢えて表情を変えずに言った。

 「そうですね。少し、前髪を下ろしてみてもいいかもしれませんね。軽くしてバランスとってみますね」

 咲夜は、俺の髪に丁寧に触れる。やばい、なんか気持ち良くなってきた。


 咲夜が、手慣れた捌きでハサミを動かす。俺の髪が、床にハラハラと落ちていく。

 うん?

 視線を感じる。目の前の鏡から辺りを見渡すと、確かにこちらを意識している視線と重なった。俺よりは若いと思うが、目鼻立ちの整った優しそうな男がこっちを見ていた。


 「シャンプー、俺が入ろうか?」

 その男が近づいてきて、咲夜に言った。俺の方がお断りだ。ジロリとその男を見た。だが、その男は、威圧的な視線を俺に向けた。
 どういう事だ?

 「大丈夫ですよ」

 咲夜が、その男に微笑んだ。俺の中で、何かがモヤーっと動いた。


 「こちらにどうぞ」

 咲夜にシャンプーに促され、はっとなる。

 「倒しますね」

 咲夜の優しい声と、丁寧に頭皮に触れる指に、天国に来たのかと思うほど気持ちがいい。ずっと、このままでいたいと思うが、髪の毛の水分を取って椅子は起き上げられた。


 そして、鏡の前にまた戻る。

 「少し、お待ち下さい」

 咲夜は、店の奥へと姿を消した。


 すると、あの男が俺の元に近づいてきた。いかにも、用事でもあるように、横のワゴンの中のものを揃えている。

 「池山と申します。お客様に失礼である事は重々承知の上でお聞きします。咲夜ちゃんとはどういったご関係でしょうか?」
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