目と目を合わせてからはじめましょう
 「咲夜、着替えてくるから少し待っていてくれ」

 雨宮が、私の方をチラリと見ると、急いで会社の方へ向かって歩き出した。

 「じゃあ、俺も行きます。姉ちゃん、またな」

 悠矢も、雨宮の跡を追うように行ってしまった。


 なぜ、岸川と二人で残されなきゃならないの……


 さっきは、余裕の笑みだった岸川の目が、私をじっと見ていた。この目、やっぱり……


 「市川君のお姉さん。太一を待ってらっしゃったのですか?」

 「ええ」

 姉弟の確認をわざわざしなくてもいいと思うし、とにかく雨宮さんの名を呼び捨てにされると、胸の奥が苛立ってくる。

 「これからまだ、打ち合わせあるし、待っていられると気が散るものなのよ。この仕事は、集中力が大切なのだから、少しは理解してもらいたいわ。失礼な事を言ってしまってごめんなさいね」

 私が、雨宮の仕事を邪魔しているとでも言いたいのだろうか。

 「わかりました。ご忠告、ありがとうございます。彼ともしっかり確認しておきます」


 「太一、はきり言わないとこあるから…… それに、市川君の事をとっても可愛がっているから、お姉さんにも気を使っているのかも?」

 はあ? 雨宮は、大切な事はちゃんと言いますよ。なぜ、悠太が可愛くて、私に気を遣う?

 「そうですかね? 彼は、誰の家族だとかで大切な事を躊躇しないですよ」

 岸川が何か言いたそうに、口を開こうとした時、早足で近づいてくる足音が響いた。足音で誰だかわかる。


 「咲夜、待たせたな。岸川も付き合わせたみたいで、悪かったな」

 「いえ。私はいいの。でも、太一、これから打ち合わせじゃないの?」

 「いや。午前中にある程度、段取ってあったから、すぐに終わった」

 「あっ。そうだったの……」

 明らかに気に入らないようで、岸川は眉間に皺を寄せた。


 「じゃあ、お疲れ様」

 岸川の表情に何も気づかないのか、雨宮が岸川に片手をあげる。私も、岸川に頭を下げてその場を後にした。
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